3・11から4周年ー郡山の反原発行動に参加してきました

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2011年の東日本大震災と福島第一原発事故から丸4年を迎えた3月11日、「再稼働、首切り、もうたくさんだ!怒りを力にたちあがろう、つながろう 3・11反原発福島行動15」が、郡山市民文化センター大ホールで開かれ、福島を先頭に全国各地から1100人が参加しました。
私も、この日ばかりは福島の方々と怒りをともにしたいと、杉並の仲間たちとバスを仕立てて参加しました。

郡山市民文化センター・大ホールで開催された集会では、国労郡山工場支部の橋本光一さんが主催者あいさつに立ち、「福島の反原発運動には今、二つの大きな希望の星があります。一つは被曝労働を拒否してストライキで闘う動労水戸。もう一つは絶大な信頼を得ているふくしま共同診療所です。各地域に動労水戸のような労働組合をつくりあらゆる人とつながって全国・全世界から核と原発をなくそう」と訴えました。
長崎の被爆者・城臺美彌子さんは「1945年の日本の男性の平均寿命は23・9歳。それから70年間で長くなった平均寿命が、原発再稼働で再び脅かされている。市民と労働者の力で打ち破りましょう」と訴えました。

さらに、福島大生、高校生が若者として「原発を絶対に廃炉にする」とのアピール。南相馬市小高区で被災し仮設住宅で暮らす女性は「私たちの地元は除染も進まず、水もきれいにならない。建設業の人はオリンピックに持っていかれ、人手が回ってこない」と「復興」キャンペーンのうそを暴きました。

そして最も印象的であり感動的だったのは、被ばく労働拒否をたたかう労働組合・動労水戸の青年3人が並んでアピールをした姿です。「常磐高速道が開通し、JRは常磐線の代行バスを走らせた。人間の命がかかっている。こんな高線量のところを走ってはならない」と訴えました。

さらに、ふくしま共同診療所の布施幸彦院長は「3月8日の『被曝・医療 福島シンポジウム』の結論は、被曝を強制する復興に反対し、今の政治そのものを変えようということ。これからも全国で診療所報告会をおこなっていく」と述べました。

DSC_0663 集会後のデモ行進では、デモの先頭に福島の仲間が立ち、「怒 福島」ののぼり旗や組合旗を林立させ「原発いらない、再稼働反対」「自民党許すな、安倍を倒せ」と元気いっぱいに訴えるデモに沿道の市民から多くの声援が寄せられました。

IMG_0114窓から手をふる郡山市民の方

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デモの解散地点の郡山駅前では、最後のアピール集会が開かれ、「かんしょ踊り」とともに、JRの青年たちによる春闘アピールとして、ダイ改(ダイヤ改定)が外注化と安全破壊であり、ストライキでたたかうとの発言で最高潮に達し、しめくくりとなりました。

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鈴木たつお弁護士と

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城臺美彌子さんと。

安倍政権がどんなに福島圧殺の「復興」「帰還」を大宣伝しようとも、福島の労働者・市民はこの4年間、原発事故による消え去らない被害を体験してきました。労働組合を先頭に闘う勢力が登場した時、抑え込まれていた怒りが解き放たれました。福島圧殺と被曝の強制は許せません!

被曝労働拒否のストライキで立ち上がった動労水戸を先頭に、団結して安倍政権を倒しましょう!

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主催者の一人、佐藤幸子さんと。

最後に、私が昨年6月に福島を訪れた時の記録動画を再録しておきます。

3・11集会宣言

3・11から4年。避難者約12万人、仮設住宅暮らし約3万人。
垂れ流される汚染水。原発事故は終わっていない。福島の怒りもおさまってはいない。
安倍政権への怒り、「復興」「帰還」を 3・11は原発と核をなくそう、社会を変えていこうと福島の人々が全世界と行動を一つにしていく日。子どもたち、学生、親たち、仮設の住民、農民・漁民、すべての労働者の怒りと思いを一つに結集し、行動する日にしていくことを宣言します。
2015年3月11日

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