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> -  都革新の立場と歩みを紹介    05/04/17

都政を革新する会 立場と歩みを紹介

 

 ここでは、都政を革新する会の基本的な政治的立場とその歩みを簡潔に紹介します。

1.基本的な政治的立場


 都政を革新する会は、次のような立場で、労働者民衆とともに行動します。皆さん、ともにたたかいましょう。

 @都政を革新する会は、イラク戦争をはじめ帝国主義の侵略戦争に反対してたたかいます。

 A都政を革新する会は、資本の攻撃(賃金カット・首切り・組合つぶしなど)と社会保障制度(介護・年金・医療・保育など)の解体に反対し、労働者民衆の生活と権利を守ります。

 B都政を革新する会は、地域住民のいのちと暮らしを守る消費者運動や住民運動を発展させます。

 C都政を革新する会は、労働者民衆が平和でしあわせに暮らすことのできる社会を建設をするため、新しい労働者民衆の政党をめざします。

 D都政を革新する会は、全世界の労働者と被抑圧民族人民との国際連帯を強めるために行動します。

(2005年度の政策)

 2.歩み


1965年、都議会汚職を契機に、長谷川ひでのりが杉並の都政刷新運動に参加。
1967年4月、長谷川ひでのりが杉並区議会議員に29歳で初当選、以後5期連続当選。
1967年10月、同年10・8羽田闘争をはじめとするベトナム反戦闘争の高揚のなかで、都政を革新する会の前身・杉並革新連盟を設立。
1970年前後、安保・沖縄闘争を全都・全国の労働者民衆とともにたたかう。
1970年、無公害・無農薬食品などの共同購入運動を開始し、消費者運動に取り組む。さらに「公害から住民を守り自然をとりもどす杉並協議会」を結成。
1982年、杉並で住民の反核運動を組織。
1985年、杉並革新連盟を「都政を革新する会」へ発展的に改組。同年7月、長谷川ひでのりが都議選に立候補、次々点で惜敗。
1989年7月、長谷川が都議に初当選。
1991年4月、長谷川を引き継いでけしば誠一が杉並区議に初当選。
1995年4月、杉並区議選でけしば誠一が再選、新城せつこが初当選。
2000年、「ストップ介護保険 杉並10万人署名運動」を呼びかけ、介護要求運動の先頭に立つ。同年6月の衆議院議員選挙に長谷川が立候補し、2万2799票を獲得。
2003年4月、けしば・新城に加え北島邦彦事務局長を3人目の候補として押し立て区議選をたたかう。けしば4選・新城3選、北島事務局長は次々点で惜敗。
2004年11月、日米韓の労働者国際連帯集会のために来日した米ILWU(国際港湾倉庫労働組合 5万人)と韓国・民主労総(62万人)の代表と交流を深める。 (動画で紹介しています)

 

代表:   長谷川英憲

事務局長: 北島邦彦 (くにひこ・サイト) メールE mailkitajima@tokakushin.org

都政を革新する会
〒166-0003 杉並区高円寺南4-5-3 豊岡ビル3F 電話/FAX 03-5378-1352
〒168-0074 杉並区上高井戸1-32-40 電話/FAX 03-3329-8813
Eメール:

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