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HOME  > 石原知事に抗議 2000/04/9

民族差別暴言居直る石原知事はただちに辞任せよ

都庁知事室へ抗議行動

 4月11日 真っ先に石原知事に抗議の申し入れを行ないました。(都庁知事室)

 

 4月9日に行った関東大震災における朝鮮人虐殺の再現を自衛隊にせん動するような大暴言。そして12日の記者会見での謝罪拒否と「発言は正当」という全面的開き直り。もうこれ以上石原氏を都知事の座にとどめておくことはできません。私たちの未来とアジア民衆との連帯をかけて辞任に追い込もう。9月3日「三軍大演習」をストライキ、集会、デモなどあらゆるかたちの抗議行動で中止させましょう!

関東大震災時の軍・警察と同じ デマで排外主義あおる石原知事

  在日朝鮮人・中国人、アジア、世界各国から日本に渡ってきた人々を「三国人」と差別的呼称で呼び、「凶悪犯罪予備軍」と決めつけ自衛隊員に向かって「鎮圧せよ」とせん動する石原知事。彼は、関東大震災時に朝鮮人虐殺をせん動し、指令した戦前の軍・警察の権力者とまったく同じです。
  何が「外国人の凶悪犯罪が増えている」でしょうか。日々報じられている「凶悪犯罪」のことごとくは日本の政治・経済・社会のあり方の行き詰まりから生まれてきたものばかりではありませんか。だいたいいま一番問題となっているのは「外国人犯罪」などではまったくない。果てしなくくり返される警察や自衛隊による犯罪こそ大問題となっているのは周知のことです。(ちなみに「外国人犯罪」の件数は警察庁の統計によれば、日本全体の刑法犯検挙人員の1.66%を占めるにすぎません−九八年−。そして「外国人犯罪」には日本人の暴力団組織−警察と有無通じ合っている−が介在している)。
  そもそもかつて日本で「外国人が大災害に乗じて騒動を起こした」などという例があったでしょうか。ひとつもありはしません。日本の政府・軍・警察とそれらに組織された日本人の「自警団」が、関東大震災時に一方的に朝鮮や中国の人々を「暴徒」と決めつけ6000人以上も虐殺したという歴史があるだけです。日本以外の国においても大災害時に外国人が暴動をおこしたなどという話は聞いたことがありません。「ロサンゼルス大地震で外国人が暴動をおこした」などというのも石原知事の人種差別的な偏見にもとづく作り話です(石原知事もあとで記者に指摘されてウソを認めた)。
  このような歴史の重い事実をふまえるならば、東京都の知事が大災害への対策を語る場合には、二度と関東大震災の時の朝鮮人・中国人虐殺の歴史を絶対にくり返さない、いっさいの排外主義・民族差別主義を許さないと第一に表明するのが当然です。ところが石原知事は、こともあろうに完全武装の自衛隊を前にして、「三国人」という差別語を意図的に使いながら、「外国人の凶悪犯罪が増えている」と在日外国人への差別、偏見、敵意をあおりたてたのです。それだけではない。9月3日には「外国人の暴動鎮圧」の治安出動訓練を目的とする「陸海空3軍の大演習」を行うとことを計画し、そこで自衛隊は「軍隊としての意義を示せ」などと訓辞したのです。これを聞いた在日朝鮮人をはじめとする在日外国人、朝鮮、中国の人々が関東大震災の虐殺を思い起こし、怒り、恐怖、かなしみの気持ちでいっぱいになったのはあまりにも当然です。本当に許せない。

「差別ではない」?! 卑劣な居直りを絶対許さない

 さらに許せないのは暴言の居直りです。「自分の発言が大問題になったのは報道の仕方のせい」という。では最初から発言の全文を報道すれば「問題」にならなかったとでも言うのでしょうか。とんでもありません。
 4月9日の自衛隊式典での石原発言の全文には、戦争放棄を定めた現憲法にたいする敵意に満ちあふれています。石原知事は「いびつな憲法」「陸海空三軍による演習をする」「国家にとっての軍隊の意義を示せ」等々と現憲法を真っ向から否定する発言を、自衛隊員に向かって行ったのです。こんな発言を自衛隊にたいしてやったのは、市ヶ谷駐屯地でクーデターを呼びかけて割腹自殺した三島由紀夫くらいなものです。マスコミはほとんどとりあげていませんが、このこと自体、民主主義への恐るべき挑戦です。
 また「三国人」とは「不法入国した外国人」のみを指したものだから差別的な意図はなかった、「正当な日本語」だなどと言っていますが、どこが「正当」なのか。この言葉が日本の旧植民地であった朝鮮、台湾出身の人々に対する差別的べっ称であったことは石原知事の世代なら周知のことです。石原知事が2月の都議会でこの言葉を使ったとき、都当局はあわてて議事録上からこの言葉を消し、「外国人」と書き直しています。石原知事は記者からこの時に訂正した意図はなんだったのかと問われると「覚えていない」としらを切って逃げることしかできませんでした。このことにも示されるように、石原知事は「三国人」という言葉が在日朝鮮人・中国人への差別的べっ称として使われてきたことを百も承知だったのです。そしてその上で、この言葉をくり返し使ってきたのです。
  その後石原知事は、「三国人」という言葉の差別性をどうにも否定できなくなり、「もう使わない」と言わざるをえなくなりましたが、謝罪については完全に拒否しています。石原知事は記者会見で「謝罪はしないのか」と追及する記者に向かって「ばか(ママ)なことを言うな。誰に謝罪するのか」と言い放ちました。この言葉は在日朝鮮人をはじめとするすべての在日外国人に向かって投げつけられたものです。永久に許すことはできません。 
  石原知事は、在日朝鮮人をはじめとする多くの人々からの批判にたいし、自分が「三国人」と呼び、自衛隊による治安出動の対象としたのは「不法入国した外国人」であるから問題ないと開き直っています。しかし「不法入国した外国人」を「凶悪犯罪者」と決めつけ、「三国人」などと差別的言辞を投げつけ、あげくのはて「自衛隊=軍によっていつでも鎮圧できるようにすべき」などとと排外主義的感情をむきだしにして言い立てることが、「知事としての責任を果たす」ことなのか。いやこれは本質的にナチスのユダヤ人絶滅政策やネオナチの外国人排斥のテロリズムとまったく同じなのです。
 そもそも「不法入国した外国人」などというが、ほとんどの人々は生きるために遠い故郷をやむなく離れてやってきた人たちです。故国で生活できなくなったのも、日本などから洪水のように資本がなだれこみ(「経済のグローバル化」などと称される「先進諸国」による「経済侵略」)、その結果、地域の経済や環境が破壊され、激変してしまったからにほかなりません。日本はアジア各国をあらしまわって荒稼ぎをする一方で、「日本に行けば何とか自分と家族の生活費を得られるのでは…」と渡ってくるアジアを中心とする外国人にたいしては、徹底した入国制限を行っているのです。それは諸外国にも例をみないあまりにも排外主義的な出入国管理法にもとづいています。こうした日本政府の排外主義的な出入国管理政策こそがまず問題にされなければならないのであって、「不法入国した外国人」を「犯罪者」よばわりするのはまったく話が転倒しています。
  「不法入国した外国人」と呼ばれている人々は、その不安定な地位ゆえにヤクザや暴力団に奴隷のように扱われ、日本の企業には低賃金で劣悪な労働条件の下で働かされているのが現実です。そのうえ警察や入国管理局に「摘発」されると非人間的な入管収容所(職員による暴行事件も頻発!)に入れられ、強制送還となるのです。「国際都市」などとと称する東京の知事ならば、こうした非人間的迫害にさらされている外国人の人権を守るためにこそ「政府とたたかう」べきではないのでしょうか? ともかく、「外国人が大災害に乗じて暴動をおこす」などとせん動するような行政責任者など石原知事以外に世界中のどこにも存在しないことだけは確かです。ナチス礼賛のファシスト政党・オーストリア自由党のハイダーを党首辞任に追いやったヨーロッパのマスコミが、石原知事を「ハイダーの弟分」と書いて批判しているのは当然です。

日本をファシズムと戦争へひきずりこむ石原知事

  石原知事の暴言を「時代錯誤」「いつもの調子」などと「軽く」みる人もいるようです。しかし今の時代の動きをみるならば、けっしてそのような「軽視」はできません。ヒトラーが登場したとき多くの人は「なんだ。あの下品なほら吹きか」程度にしかみなかったといいます。石原知事のような言動を少しでも許容するならば、たちまちにして「外国人を追い出せ!」というようなファシズム的な排外主義の波に全社会がおおいつくされることになるのです。
  石原知事の暴言の本質は、以下のようにとらえるべきであるとj考えます。
  今、日本は経済的にも、政治的にも、また社会のあらゆる面においても「行き詰まり」に直面しています。石原知事やそれと同類の者たちは、こうした「行き詰まり」「危機」が、日本の経済・社会のあり方の中に根ざすものであることをとらえようとはせず、「外」に敵を作ること(排外主義)によって突破しようとしているのです。それはナチス・ヒトラーのユダヤ人敵視政策と同じようなものです。石原知事の場合は「アメリカと中国が日本を破壊しようとしている」という話になるのです。事実、石原知事は「中国を分裂させて日本の勢力圏を築き、アメリカに対抗せよ」という戦時中の「大東亜共栄圏」とまったく変わらない侵略思想を公然とくり返し唱えています(雑誌『諸君!』3月号やドイツの週刊誌『シュピーゲル』最新号でのインタビューなど)。石原知事のようなファシズム的な排外主義の行き着く先がアウシュビッツであり、南京であり、ヒロシマ・ナガサキの地獄であったということ、これは20世紀の最大の教訓です。わたしたちは爪の先ほどでも排外主義を許してはならないのです。

暴言容認する森首相はy石原知事と「同志」の極右

  森首相は、石原知事の一連の言動にたいしていっさいコメントをさけ、事実上容認の態度を示しています。それもそのはず、かつて森首相と石原知事は、同じ自民党内の極右グループ「青嵐会」に所属し、血判を連ねて「戦前の日本」の復活を誓い合った仲間同士なのです。森首相自身たびたび暴言をくりかえし、そのたびに開き直っているような人物です(最近では「天皇在位10周年式典で沖縄出身の歌手が君が代を歌わなかった」「沖縄の新聞は何でも政府に反対する」などと言って沖縄への差別的な敵意をあからさまにし、沖縄中から猛反発を受けている)。
 森自公政権は、石原知事がくり返すファシスト的な暴言をも推進力として反動政治を加速させています。森首相は所信表明演説で公然と改憲と有事立法に言及しました。また戦前型の教育、「教育勅語」の復活をめざす「教育改革」にむけ国民運動を展開すると述べています。

石原知事に屈服する野党許さず、在日、アジア民衆と連帯してたたかおう

 石原知事のファシズム的言動、森自公政権の福祉切り捨てと戦争の政治と真正面から対決する勢力はいまの国会にはありません。
 日本共産党は「石原知事の外形標準課税は大賛成」「首都移転反対でいっしょに手を組もう」などと石原知事を賛美し続けてきました。また2月都議会で石原知事が「三国人」と発言したことにたいしても一言の抗議の声もあげませんでした。日本共産党が今回の石原暴言について『赤旗』の一面にのせたのは、在日朝鮮人をはじめとする人々の抗議の声が広がって数日たった後。日本共産党は「反米愛国」で石原知事と一致できると思っていたのです。このような共産党にかわる新しい労働者民衆の政治勢力をいまこそつくりだしましょう。
 在日朝鮮人・中国人、すべてのアジアの民衆と連帯して石原知事をうち倒すたたかいにたちあがりましょう。9月3日に予定されている「三軍大演習」をストライキ、デモ、集会などあらゆるかたちの抗議をもって包囲し、中止に追い込もうではありませんか。
  わたしたちは怒りに震え立ち上がっている在日朝鮮人・中国人、ファシズムと排外主義に反対するアジアと世界の民衆と連帯して石原知事を辞任に追い込むまでたたかいます。