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有事法制に絶対反対 |
| 小泉首相は再び朝鮮・中国・アジア侵略戦争をやるために有事立法をつくろうとしている |
小泉首相は、今開かれている国会冒頭の施政方針演説で、有事立法の関連法案を国会に提出すると言いました。「そなえあれば憂いなし」などと言っていますが、いったい何にそなえるというのでしょうか。 有事対応の理念や枠組みを示す「基本法」的な規定と、自衛隊法などの個別の法改訂を、「武力攻撃事態への対処に関する法制」(仮称)として一本化した「包括法」として提出する構えです。 これに対して「とめよう戦争への道! 百万人署名運動」が新たな署名を呼びかけています。この署名運動を広げ、地域や職場、学園から戦争反対・有事立法反対の大運動をまきおこそう。 |
戦争体験者に聞く |
国家総動員とは |
有事立法ができたら、どうなるのか。国家総動員とは、どういうことか。戦争を体験した杉並区内在住の天谷昭夫さんにお話を聞きました。 |
民家を強制的に取り壊し 私邸を接収し軍事工場に 民間企業や高校生も動員 戦争中は、旧制一高の学生で、当時全寮制で駒場寮にいました。戦況が厳しくなって勉強どころではないと、私たちの1年上の先輩たちから、高校3年制が1年短縮の2年になりました。私たちは、まともに授業に出たことは1年生の時にはあったけれど、2年生の時は方々に動員されて、そのままその年の夏に敗戦を迎えました。 消防署に動員されている時に、東京大空襲がありました。高輪署にいたら、本所の方で大火災だというので出動命令が出た。行く準備をしていたら、高輪署管内でも空襲による火災が発生したというので、そちらに向かうことになった。同じ管内の別の消防署にいた早稲田の学生は、本所の方へ出動して、そのままみんな帰って来なかった。私たちは運良く助かったけれど、もう少しで死ぬところでした。 次に海軍第二技術廠に動員されました。そこでは熱線探知機、今で言う赤外線追尾装置ですね、それの試験や調整をやっていました。夜間には見えない飛行機や船を、それが発する熱線を感じて追尾するもので、飛行機などに積めるような大きさのものです。 戦争中は、戦争の目的は正しいんだと思い込まされていました。それが敗戦を迎えて、日本は武装解除されました。戦後憲法ができて、戦争放棄だと。戦勝国の押しつけを感じたことは否めないが、これからの世界を徹底的に平和的な手段で作りあげていかなければ、と思いました。大学を卒業して就職した時も、戦争中には、その技術を提供して兵器をつくっていたが、これからは民生に役立つ平和な産業でなければならない、という強い思いで発足した会社・東通工で、世界の平和に貢献できる仕事がしたいと思いました。 |