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反戦自衛官・小多基実夫さんに聞く

戦争する自衛隊への転換が始まった  悩み苦しむ自衛官の心つかむ運動を

対談聞き手都政を革新する会

けしば誠一 / 山崎康彦

右から小多基実夫さん、山崎康彦、けしば誠一

反戦と自衛官の労働者としての権利要求して

けしば 小多さんが自衛隊に入ったのはいつごろですか。

小多 70年の11月です。三島由紀夫が市ヶ谷で腹を切る少し前、航空自衛隊に、20歳の時。ナイキという地対空ミサイルのオペレーターになりました。72年の4月72日に、防衛庁長官に対して、自衛隊の沖縄派兵中止と立川への治安移駐反対、そして自衛官の労働者としての権利を要求し、陸自の仲間など5人で立ちあがりました。表現の自由、団結権、勤務時間外の拘束をなくせ、不当な命令は拒否できる権利など、基本的な権利の要求です。

けしば 4・28沖縄デー集会に制服姿で壇上に並んだ時のこと覚えています。衝撃的でした。

小多 防衛庁長官に面会を要求したことと4・28集会への参加を理由に、即刻懲戒免職になった。それ以降、原隊復帰をかけて処分取消の裁判を最高裁までたたかい続けてきました。

山崎 自衛隊に入った動機は何だったんですか。

小多 当時、レストランで働いていたんですが、ある日、自衛隊の勧誘に声かけられて、カツ丼食わされて、何となく入った。そんな程度です。当時、高度成長のころで、仕事はたくさんあったから、自衛隊に入ろうという人は少ない。だから、だますようにして入隊させられた人もたくさんいました。

けしば この不況下で、最近の実情はどうなんですか。

小多 応募する人は増えています。しかも倍率は高い。パイロットを目指す航空学生など何十倍ですよ。今の不況の中で、相対的に条件のいい職種となっています。

戦闘で戦死を覚悟する 自衛官へ転換迫るもの

けしば 問題になっている「テロ対策3法」について、自衛隊の側からいって、これまでとこれ以降では、どう違ってくるのか。その問題点は。

小多 自衛隊が前線に出る、湾岸戦争の時ですらまだできなかった、そういう戦争をやる国家に日本がなるということ。戦争をしたことのなかった自衛隊から、戦争をする自衛隊になることです。自衛官とその家族、国家の中での自衛隊の位置、そうしたあり方そのものが大きく変わります。

山崎 これまでの自衛官の意識、安定した国家公務員という職業についたという意識だったと思います。それが、アメリカが始めた戦争に参加して、自分も死ぬかもしれない。いわば就職したときの条件と全然違うわけですね。とくに家族の心配はものすごいでしょう。

小多 米軍などの場合、軍隊に入ることは自分も戦争やること意味する。戦前の日本もそう。戦後の自衛隊は戦争しないことになっていた。それが根本的に変わる。
今、20代くらいの自衛官は、湾岸戦争での掃海艇派遣やカンボジアPKO派兵などを見ていて、そういうことも想定して入隊しています。それまでの30代以上の隊員は事情は全然違います。

けしば こどもがいるような世代ですね。

小多 それは、つらいものがあります。
小泉首相は「自衛隊は命をかけている」とか言いましたが、自衛官は入隊の時、宣誓書を書かされています。入隊式の時、一列に並ばされて、わけもわからない内に署名捺印させられる。

山崎 何て書いてあるんですか。

小多 「事にのぞんでは身の危険を省ず、もって国民の負託にこたえることを誓います」と。要するに、いざという時は命を投げ出しますということ。でも、書く方も書かせる方も、いままでは気楽なセレモニーだった。それが、小泉首相の言葉で、自衛官は皆、あのことだとピンとくる。
入隊の勧誘の時は給料や資格取得の話ばかりでそんな話はなかったのに今になって首相が命かけろなんて言う。18や19歳のこどもを入隊させておいて、こどもを持つ親になった今頃、時代が変わったんだと、昔の証文を出してくる。本当に腹立たしいことです。

山崎 だましうちですよね。

小多 家族の人たちにとってもです。結婚する時、定年まで給料もらえて官舎にも住めるからと思っていた。それが今になって死ぬかもしれないと。戦死したら、大した金も出ず、家族は官舎から追い出されるんです。

銃に実弾が込められた恐怖心から暴走の恐れ

けしば 自衛官のあり方が根本的に変わるんですね。

小多 市ヶ谷の防衛庁では、9・11同時ゲリラの直後から、そこに立っている自衛官が持っている銃には、実弾が込められるようになりました。これまで、基地の中の弾薬庫の警備だけは実弾を入れた銃を持っていましたが、基地の入口に立っている隊員の銃には、空砲どころかカートリッジ(弾倉)もはめていなかった。
一番緊張しているのは、そういう銃を持って立っている自衛官本人です。いざという時は、これを使えと渡されているんですから。人を殺すことですから、本当に怖いですよ。自衛隊には、いろいろな業者も来れば、抗議行動に来る人もいる。何かの拍子でパニックになったら、撃つかもしれない。そういうふうに、自衛官に住民へ銃を向けさせることが始まっているのです。

けしば 武器使用について、政府はその現場の指揮官の常識に任せるとか言っています。

小多 自衛隊が、たとえばパキスタンに行って野戦病院を設けたら、自衛官がその警備をやることになります。ゲリラは制服を着ていないし、不意打ちするのはあたり前。そうすると、道を歩いている人はみんなゲリラじゃないか、敵じゃないか、となる。そこに立っている自衛官は「日の丸」立てて、制服を着て、ターゲットになる。見張りが一番最初にやられるのは、わかっているから、ものすごい緊張だと思います。
パレスチナでイスラエル軍がやっているように、少年が抗議の石ひとつ投げただけで、銃で撃ち殺しちゃう。恐怖心がそうさせるんです。必ずそういう状況になる。現場の判断でなどというのは、責任逃れです。

けしば 国会では「攻撃されたら」ということをさらに一歩こえて、「身の危険を感じたら」武器使用できると防衛庁長官は言いました。危険を感じたら先制攻撃。現場の軍隊の判断で何でもできることになります。恐ろしいことです。

小多 自衛隊がイージス艦で護衛し飛行機の燃料や爆弾などを補給している空母から、米軍機や特殊部隊が攻撃して、傷ついたらパキスタンにいる自衛隊の野戦病院で治療する。ということは自衛隊は米軍と一体なわけです。しかも、米軍より前に出た、第一線に自衛隊がいることになります。面と向かって顔を合わせて、相手も怖いし、自衛官も怖い。そういう相乗効果で、突発事故が起きるかもしれない。
その時、政府は「現場の責任」に押しつけるわけにいかないから、「攻撃されたから」と言って突っ走らせるに違いありません。

自衛官と家族の味方になる反戦運動つくろう

けしば 政府は11月には自衛隊派兵の基本計画を作ると言っています。自衛隊が海外派兵され戦闘に参加するという戦後史を一変する事態です。隊内から反戦の旗を立ててきた小多さんとして、今何が一番必要だとお考えですか。

小多 反戦運動は、本当に戦争で犠牲になる人たちを救う運動でなければなりません。攻撃されているアフガン人民は言うまでもありませんが、ある意味で自衛官は、そういう一方の当事者です。そこに目を向けてください。自衛官も家族も普通の人間です。悩み、苦しんでいます。その本当の味方になれるのが、反戦運動なんです。動き始めた侵略戦争を止めることで喜ぶのは、攻撃される人たち、そして自衛官とその家族です。反戦運動が「自分たちは仲間なんだ」と、こちらから言ってください。
自衛官は「自衛官は戦争勢力だ」「許さない」といつも言っているのが反戦運動の人たちだと思っている。だけど本当は一番困ったときに相談できるのは反戦運動なんです。上官じゃない。大勢仲間がいることがわかれば、自衛官もたたかう勇気がわいてきます。

山崎 自衛隊は憲法違反だから、あいつら敵だ、というのではだめですね。私たちは毎週月曜日、荻窪駅前で、署名運動を続けていますが、そこを自衛官や家族が通るんですね。

けしば 運動の広がりと、その中身が問われている。ともに、がんばりましょう。今日はありがとうございました。

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