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ホームへ > バックナンバー目次へ > 杉並映画村通信・バックナンバー > 100号〜
新コスモス
 「月刊新コスモス」で連載中 1996年09月掲載開始
第100〜

INDEX

■ 001 -- ■ 049  001--049

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■ 050 -- ■ 051   050--099

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■ 100 ●「晩春」 ●「叛乱」 ●「仁義なき戦い」 戦後60年読み直し日本映画 ベスト6 その(1)

■ 101 ●「愛のコリーダ ●「病院で死ぬということ」 ●「刑務所の中」 戦後60年読み直し日本映画 ベスト6 その(2)

■ 102 「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」(新潮社/1600円・税別) 「黒部の太陽」という映画が持つ意味

■ 103 アメリカ映画「Shall we Dance?」 日本人必見のアメリカ映画?

■ 104 骨太の複眼的な人間群像ドラマ 日本映画「樹の海」

■ 105 「Dear フランキー」と「ヴェラ・ドレイク」 話題の作り話映画よりリアルな秀作を

■ 106 思わずゾッとしてきてしまった!  今年の夏の日本映画を回想する

■ 107 今「ヴェニスの商人」映画化の意味は? ユダヤ人への差別の問題

■ 108 韓国ドラマの民族的エネルギーに脱帽 「宮廷女官チャングムの誓い」について

■ 109 戦艦大和はなぜ沈んだのか? 男たちの大和/YAMATO」シナリオ製作のプロセス

■ 110 「キング・コング」と「SAYURI」/巨大な野獣とゲイシャの関係

■ 111 2005年の日本映画の傾向/逃避映画が賞をもらう

■ 112 ハマのメリーさんとは誰? 映画「ヨコハマメリー」をめぐって

■ 113 そんなことが確かに あった… 日本映画「バッシング」

 

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■ 001 -- 最新号 総目次ページ

杉並映画村通信 100 2005年02月掲載

連載100回記念特別企画

 

杉並映画村通信戦後60年読み直し日本映画 ベスト6 その(1)

連載 第100回 

●「晩春」 ●「叛乱」 ●「仁義なき戦い」

●「晩春」

(1949年/小津安二郎監督/松竹映画)

 敗戦後四年目の、アメリカ軍占領下の日本で作られた、松竹伝統のホームドラマである。アメリカ的なものは自由で民主的で総てよく、日本的なものは古くて封建的で総て悪い、と思われていたような時代であった。
 そんな時に作られたこの映画は、何と古都鎌倉の茶会で始まり、能楽堂での演能の場面にクライマックスがあり、京都の古寺めぐりの旅がラストをしめくくる、という日本的な作品であった。ただし、懐古的な日本への回帰の映画などではなかった。
 原節子の娘が、笠智衆の父親との、一種近親相姦的な、日本的な親娘関係の一体感に縛られて、なかなか結婚にふみ出そうとしないのを、父親が突き放して、自立させるという話である。いわば日本的な形で、日本人の新しい自立を、描いてみせた作品であった。
 当時急進的だと思われていた映画が、古くなってしまった今、この作品が妙に新鮮に見えるのは、そのためである。

 

●「叛乱」

(1954年/阿部豊監督/新東宝映画)

 二・二六事件の全体像を、スケール大きく叙事的に描いた人間群像ドラマとして、これは今改めて再評価されていい、日本映画の秀作である。性格俳優の佐分利信が、西田税の役を演じると同時に監督もするはずだったが、撮影三日にして病に倒れ、阿部豊監督がバトンタッチして、その部分も撮り直した。
 この事件を生んだ時代の空気と、その後の日本の歴史に重くつながるような事件の経過の描写が、とても具体的に、特定主人公のいない人間群像劇として、映像化されていく。
 処刑寸前に北一輝が、獄中で西田税に言う「君はいつか『日本改造法案』は机上の空論だと言ったが……本当だったね」「この国には革命は永遠に成功しないよ。幸か不幸か……」というセリフが、妙に耳に痛い。敗戦後九年目の映画である。

●「仁義なき戦い」

(1973年/深作欣二監督/東映京都撮影所映画)

 原爆投下で焦土となった広島に、眼を野良犬のようにギラギラさせた若者たちが、戦争から帰ってくる。そして食うため、生きるために焼け跡の闇市で、ヤクザの組を結成する。さらに組のシンボルとして、金子信雄の虚勢をはる中年の土建屋を、親分にかつぎあげる。皆がダメ男ぶりを笑っていた男だ。だが抗争を重ねて組が大きくなり、若者たちがいい顔になっていくにつれて、時代は高度成長し、組の統制は乱れていき、いつしかダメ男の親分が、実質的に組を統御していくようになってしまうのだ。
 映画のラストシーン近くで、組員の一人が広島弁で言う。「のう……わしらよ、どこで道間違えたんかのう……」と。敗戦後二八年目の、作品である。この映画はかくの如く、優れた日本の戦後史映画だったのである。

 「晩春」と「反乱」は、黒白のスタンダード画面映画であり、「仁義なき戦い」は、カラー・シネマスコープサイズの、横長大画面映画である。どれも、大きなレンタル・ビデオ店だったら、ビデオ化かDVD化された作品を、借りて見られるはずである。
 戦後六〇年を経過して、今改めて見えてくるのは、芸術映画や社会派の映画として、当時高く評価され、もてはやされたような作品が、果たして本当に、その時代をシンボライズするような名作だったのだろうか、という疑問である。
 ホームドラマの中に、叙事的な二・二六事件を描く人間群像ドラマの中に、ヤクザ映画の中にこそ、実は時代の核心をつく、シンボルのような日本映画が、あったのではないのか?
 映画を見続けてきて四〇余年、今改めて思うのは、そんなことである。戦後映画史は、読み直されねばならない。戦後日本史が、読み直されねばならぬように。

 白井さんの杉並映画村通信は新コスモス第2号(96年9月)から連載が開始され、今号で100回目を迎えました。本紙で最も人気の高いコーナーです。100回記念特別企画を2回にわたって掲載します。

 

 

杉並映画村通信 101 2005年03月掲載

連載100回記念特別企画

 

杉並映画村通信戦後60年読み直し日本映画 ベスト6 その(2)

連載 第101回 

●「愛のコリーダ ●「病院で死ぬということ」 ●「刑務所の中」

●「愛のコリーダ」

(1976年/大島渚監督/フランス資本=大島渚プロ)

大島渚監督が、全シーンを日本人を使って日本で撮影しながら、あくまでもフランス資本で作られた日本ロケのフランス映画であるという解釈を貫いて、果敢なセックス・シーンの映像化を大胆不敵に実現させてしまった、日本映画である。
1936年、二・二六事件が起こりスペイン戦争が始まったこの年、日本で起こった阿部定事件の極めて具体的な経過を、反時代的な人間表現として、ストレートに鮮烈な映像で、カラー画面に描いた作品だ。
 フランスから持ちこんだフィルムで、自由奔放なセックス・シーンを撮影し、そのフィルムを未現像のままフランスに送り、フランスで現像し編集することで、オリジナルな大島作品を完成させたのである。日本の厳しい国家的な性表現規制の網の目を、思いもよらぬ方法で鮮やかに切り裂いてしまったのだ。
その完全版の日本公開は、まだ実現していない。敗戦後三一年目の作品である。

 

●「病院で死ぬということ」

(1993年/市川準監督/オプトコミュニケーション=スペースムー他によって作られた独立プロ映画)

時代の空気をとりこんだテレビCMの名演出家でもある市川準監督が、劇映画に進出して作った六本目の作品である。ガンによる死を間近にした入院患者たちや、末期医療にとり組む医師や看護師たちの姿を、クロース・アップをいっさい使わぬ、ロング・ショット(遠景描写)の長まわしで撮影した、抑制の利いた人間ドラマだ。
 病院で有限の人生を生きる人間たちの群像が、厳しく見すえた日常描写で、じっと見詰めつづけられていく。それを日本的に暗くジメジメと、センチメンタルになどやるのではなく、理性的で平明かつ明確に、厳しく自己抑制をした表現で、カラーワイド画面の映画にしたところが、すごい。
 いくつものエピソードの間に、平凡な日本人の庶民生活の日常をとらえた記録映像のスケッチ集が、短いショットを積み重ねて流れていく効果も、抜群である。平凡に、日常的に生きるということが、いかにいとおしく、素晴らしいことであるのかが、それによって実証されていくのである。敗戦後四八年目の作品だ。

●「刑務所の中」

(2003年/崔洋一監督/ビーワイルド他によって作られた独立プロ映画)

 山崎努、香川照之、田口トモロヲ,松重豊、村松利史といった曲者俳優たちが演じる囚人たちが、奇妙に静かで平和な刑務所の中で、神妙かつ変に機敏に、おかしなおかしな日常生活を送る姿を描いていった、ユーモラスで寓意に富んだ、ユニークな日本映画である。
 総てのことに強固な規制をかけられたこの特異な世界の中の人間にとっては、物を食うこととか用便をすることとか、入浴をすることとかテレビで映画を見ることとか、単純な作業をすることとか人の噂話をすることなど、あらゆることに身ぶるいがするような、エクスタシーが生じるのだ。
 それを思わず笑ってしまって見ながら、ある瞬間に私たち観客は、ふと気がつくのである。ここに描かれているのはまさに、高度に管理された日本の資本主義社会の中で、奇妙に孤立させられてしまっている、私たち日本人一人ひとりの姿そのものではないのかと。
 その意味でこれは、思わずゾッとするような、寓意のリアリズム映画でもあるのである。敗戦後五八年目の作品だ。

 「愛のコリーダ」も「病院で死ぬということ」も「刑務所の中」も、特異な枠組みの中で、抑制を利かせた映像表現で、人間が生きるということの意味を、強烈に問いかけてみせた映画である。
 敗戦後三〇年から六〇年を数えるに至る時期の、日本社会を強固に縛る閉塞状況は、こうした性愛や死や奇妙な日常に託してしか、描くことができないほどの、分厚い壁におおわれてしまっている、ということなのだろう。
 それに風穴をあけるためには、私たちもまた、大島渚や市川準や崔洋一のような、多大な智恵と工夫と努力が要求される、ということだろう。

 

杉並映画村通信 102 2005年04月掲載

 

 

杉並映画村通信「黒部の太陽」という映画が持つ意味

連載 第102回 

「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」(新潮社/1600円・税別)という本

映画監督の熊井啓が、「黒部の太陽 ミフネと裕次郎」(新潮社/1600円・税別)という本を出した。大手映画会社の東宝に所属していた三船敏郎と、日活に所属していた石原裕次郎という、日本映画の大スター二人が、それぞれのプロダクションを提携させて、「黒部の太陽」(1968)という大作(3時間15分)を製作した時の、記録である。
 この二人から、監督を依頼されたのが、映画が完成した時に38歳だった、熊井啓であった。三船敏郎は作品完成時に48歳、石原裕次郎は34歳であった。テレビの出現その他で、日本の映画館での年間の映画観客動員数が、三分の一に減少してしまった頃の話だ。日本映画界に新しい流れを作り出そう、それを先頭にたって出来るのはおれたちスターだ、という革新の思いが、この時の三船と裕次郎にはあったはずである。
 しかしそれに対する、既成の大手映画会社五社の反発は、すさまじいものであった。旧来の映画作りと配給のシステムを守るために、五社協定という強固なカルテルを作っていた彼らは、徹底的にこの動きをつぶそうとした。その一部始終の記述が、この本の見所である。
 三船と裕次郎が映画化しようとしたのは、関西電力その他の企業体が作った、巨大な黒部第四ダム建設のプロセスを再現する、劇映画であった。企業体側は、この映画の製作に必要な資材や機材、土地や人員の提供など全面協力を、二人のスターに確約していた。加えて巨額の前売入場券の買受けも保証した。
 それを力に、二人のスターは映画を完成させ、何と大手映画会社での配給上映実現にも成功するのである。映画は興行的に大ヒットする。しかし、「帝銀事件・死刑囚」「日本列島」という反体制的な映画をそれまで作ってきた熊井啓監督は、企業スポンサード映画を作った「転向者」として、批判もあびた。さてそれから33年。なぜか再上映もテレビ放映もDVD化もされていないこの映画を、私は今の眼でもう一度、冷静に見直してみたい、という気がする。

 

 

杉並映画村通信 103 2005年05月掲載

 

 

杉並映画村通信日本人必見のアメリカ映画?

連載 第103回 

アメリカ映画「Shall we Dance?」

 

 日本の周防正行監督の作品「Shall we ダンス?」(1996)をリメーク(再映画化)した、ピーター・チェルソム監督のアメリカ映画「Shall we Dance?」が、日本公開されている。「日本版の方が、だんぜん面白い!」「アメリカ映画の、力の低下を感じさせる現象だ」といった意見も多い。
 が、そんなことはなかった。これは1本のアメリカ映画として、かなりよく出来ていて、映画館で見た観客を、相当にワクワクさせる。まず日本版のちょっと屈折して、枝葉のエピソードの多すぎる構成を改めて、シンプルにまとめあげられた、アメリカ映画らしい作りが、悪くない。
 もともと周防監督は、よき古き時代のアメリカ映画から多くのものを学んで、監督になった人である。例えば彼の作品「シコふんじゃった。」は、「アメリカ映画『がんばれ!ベアーズ』が原典でしょう?」と私が聞いたら、彼は「よく解りましたね。クランク・イン前に関係者を集め、あの映画を見せて、今回はこれでいくぞ、と言って作った映画ですよ」と、ニコニコと笑って言った。
 いわば周防監督が、往年のアメリカ映画から学んで作った、日本のエンタティンメント映画が、本家アメリカで洗い直されて、久しぶりのいかにもハリウッド映画らしい、シンプルなアメリカ映画が出来上がった、という感じなのである。
 周防版を最初に見たアメリカ映画のプロが、「あなたは、いい時代のアメリカ映画をよく見てるね。セックスも暴力もないのが、とてもいい」と言った、というのがよくわかる。これをいささか裏目読み的(?)に言えば「今やアメリカは、その子分である日本という国を経由し、その手を借りないと、真にアメリカ的なことが、出来なくなってしまっているのだ」ということにもなろうか。
 そのへんの微妙なニュアンスを、もっと分析し考えるためにも、これは日本人必見のアメリカ映画、と言えるのかもしれない。

 

杉並映画村通信 104 2005年06月掲載

 

 

杉並映画村通信骨太の複眼的な人間群像ドラマ

連載 第104回 

日本映画「樹の海」

 「樹の海」という、上映時間1時間59分の新しい日本映画が、6月に東京のミニシアターで公開され、つづいて全国上映がスタートする。監督は今年38歳の新人である滝本智行(たきもと・ともゆき)。シナリオを監督と共作したのは、「光の雨」「ヴァイブレータ」などの映画を製作してきた、この作品のプロデューサーでもある青島武だ。
 「樹の海」とは、富士山さんろく麓の青木ヶ原の大樹じゅかい海のことである。自殺志願者が迷いこんでいくことで、知られた場所だ。映画は、この原始林に入り込んでいった四組の人間たちの話を、互いに交錯(こうさく)させながら描いていく、複眼(ふくがん)的な視点をもった人間群像ドラマになっている。こんな作品は、今までの日本映画には、無かった。

 ヤクザ系のサラ金の取り立て人をやっているチンピラ(池内博之)が、金を返すことができずに追いつめられ、大樹海に迷いこんでいった若い女性(小嶺麗奈)の携帯電話に導かれて、ここに足をふみいれることになる。
 樹海にある穴に、暴力団の手で死体として棄(す)てられた、公金横領(おうりょう)の公団職員(萩原聖人)が、息を吹き返して森の中をさまよい、自殺志願の中年男(田村泰二郎)と、出あうことになる。
 樹海で自殺した若い女性の両親に、自殺の原因調査を依頼(いらい)頼された、興信所(こうしんじょ)のしがない中年男の探偵(たんてい)(塩見三省) が、彼女が残した写真の中に写っている、一流企業の若いエリート社員(津田寛治)に、東京・新橋の居酒屋で、会うことになる。
 樹海での自殺に失敗して、私鉄の駅のプラットフォームで、売店の売り子をやっている変り者の若い女性(井川遙)が、痴漢(ちかん)の被害をうけた女子中学生を助ける、中年サラリーマン(大杉漣)の行為を、目撃することになる。
 こうしたいく組もの人たちの行為の交差しながらの同時進行が、現代の日本という「樹の海」の中をさまよっている人間たちに、生きようという意志を芽生えさせていく、という骨太の複眼的な人間群像ドラマなのである。

 

杉並映画村通信 105 2005年08月掲載

 

 

杉並映画村通信話題の作り話映画よりリアルな秀作を

連載 第105回 

「Dear フランキー」と「ヴェラ・ドレイク」

 

 

 今夏のおすすめ映画は、「Dear フランキー」と「ヴェラ・ドレイク」という、2本のイギリス映画である。「Dear フランキー」は、イギリスの女性監督と女性脚本家と女性製作者が、夫の家庭内暴力から逃れて暮らす若い母親と9歳の息子のことを描いた、作品である。息子は赤ん坊の頃にふるわれた父親の暴力のために、聴覚に障害を持ち、積極的に言葉を発しようとしない。
 だが母親は「父親は船員で世界を旅している」と偽って、息子に手紙を書かせ、それを郵便局留めで受けとり、自分自身の手で「Dear〔親愛なる〕 フランキー」で始まる父親からの返事を書いて、息子あてに投函していた。
 ところが、その父親が乗っているはずの船が、たまたま親子の住んでいる港町に寄港したことから、思わぬ事態が生まれる。そんな話を地方の港町のリアルな、しかし美しい映像描写と、鋭い女性的な人間観察眼で描いた、なかなか滋味深い人間ドラマである。
 「ヴェラ・ドレイク」の方は、「秘密と嘘」のマイク・リー監督が、彼独特の独創的な映画技法で描いた、第二次大戦後5年目のまだ貧しい時代のロンドンの、労働者階級が住む界隈の一家の話である。いかつい身体の働き者の、その家の中年の主婦ヴェラ・ドレイクが、女主人公だ。
 通い家政婦として働く彼女は、家族を支え近所の貧しい人たちを助けながら、実はもう一つの家族にも秘密の社会奉仕をしていた。妊娠して困っている女性たちに、民間に伝わる古いやりかたで、無料の中絶手術をしていたのである。しかし、それが思わぬ形で警察に知られてしまい、困った事態がやってくる。
 ここでも、労働者階級の家庭や、人間関係を描く作り手の眼に、滋味深い厚みがあって、感動的である。「宇宙戦争」や「スター・ウォーズ」といった、話題のアメリカの作り話映画よりも、リアルな人間関係を描きながら、その底から人間の希望を見出そうとする、イギリス的な渋い2本の秀作を強くすすめたい。

※「フランキー」は渋谷ル・シネマ2で8月上旬までは確実に上映

 

杉並映画村通信 106 2005年09月掲載

 

 

杉並映画村通信思わずゾッとしてきてしまった!

連載 第106回 

今年の夏の日本映画を回想する

 

 毎シーズンある週刊誌の企画でやっている、「夏休み映画30本採点表」で、今夏は何とか25本の作品を見て、点数をつけた。なかなか疲れる仕事なのだが、これは毎年その時々の世界の映画の動向というものを、チェックするいい機会でもあるのである。
 アメリカ映画の手を抜いた低迷ぶりは、ここもう何年もまったく同じことなのだが。特に今年は日本映画の話題作の数々の、実によく似たダメさぶりには、思わずゾッとしてしまった。
 「亡国のイージス」の、自衛艦や戦闘機まで使わせてもらいながらの、話の筋の展開もテーマもよく解らぬ、一見大作風の舌っ足らずの映画作り。「妖怪大戦争」の、道具だてや特撮CGには手間をかけながら、お話作りがまったくダメな、まさに映画以前の出来あがり。
 「運命じゃない人」の、シナリオ構成のマニアックな工夫のみで、一本の映画を作ってしまった底の浅さ。「HINOKIO」の、コンピューターグラフィックスの特撮に恐るべき手間をかけながら、古くさい子どもドラマのパターンで映画を作ってしまったダメさ。
 「心中エレジー」の、青くさい大学映研の素人映画のような、よくあるタイプのひねった作品作り。「姑獲鳥の夏」の、一見おどろおどろしい謎の映像世界が、俳優たちのセリフのみで次々と説明されて、進行していってしまう、安直さ。

 「星になった少年」の、わざわざタイ国に全面ロケをしていながらの、いちばん安易なドラマのパターンで話がくくられていってしまう愚かしさ。「埋もれ木」の、アートシアター風の、古風な観念の図式化による、もったいぶった映画作り。
 いずれも、技術的にはかなり高度なことをやっているのに、シナリオが古いパターンで作られていて、テーマはまったく新しい主張を生み出し得ていない――という共通点で、みごとなまでにくくられる。今あるわが日本、そこで生きている日本人の限界とでもいうべきものを、映像で実証されているようで、見ているうちに何だか、ゾッとしてきてしまったのである。

※本紙掲載分に加筆修正もれがありました。お詫びします。

 

 

杉並映画村通信 107 2005年10月掲載

 

 

杉並映画村通信ユダヤ人への差別の問題

連載 第107回 

今「ヴェニスの商人」映画化の意味は?

 

  シェークスピアの戯曲「ヴェニスの商人」が、ヴェニスへの全面ロケで、映画化された。アメリカ=イタリア=ルクセンブルグ=イギリスの合作映画である。アメリカ映画界の本格的な作品作りからの撤退で、こういう映画は今や、こういう形でしか、製作できなくなってきている。  監督し映画脚本化したのは、シェークスピアの国イギリス出身の、「イル・ポスティーノ」のマイケル・ラドフォード。そして16世紀の貿易港ヴェニスの、ユダヤ人の金貸しシャイロックの役を演じるのは、アメリカの性格派スターのアル・パチーノである。貿易商アントーニオが、ジェレミー・アイアンズ、浪費家のその友人バッサニーオがジョセフ・ファインズと、シェークスピア劇を舞台で演じ、映画出演歴も多い2人のイギリス系の俳優が選ばれている。
 ユダヤ人の強欲な金貸し、というイメージの強いシャイロックの役を、アクの強い性格派スターのアル・パチーノが、意外と淡泊に演じているのが興味深い。そして映画の巻頭では、当時のユダヤ人は差別されてゲットーに閉じこめられ、外出の際は必ず赤い帽子をかぶらされていた、ということが描かれている。
 この戯曲が今まで本格映画化されなかった原因である、ユダヤ人に対する差別の問題への、配慮であろう。バッサーニオと結婚した富豪の娘ポーシャとその侍女が、男性の法学博士に化けて、有名な「肉1ポンド」裁判の法廷で、被告のアントーニオを助ける見せ場のシーンも、ユダヤ人の金貸しシャイロックの悪玉ぶりが強調できないので、だいぶ戯曲の祝祭性が薄められてしまっている。
 こうなると、何で今さら「ヴェニスの商人」を映画化するのか、ということにもなってくるのだが。ナチス・ドイツに大迫害されたユダヤ人たちが、イスラエル建国後に、パレスチナ人たちに対しておこなっていることへのある寓意をこめて、この「ヴェニスの商人」を新しく映画化する、といった視点もあり得たのでは? などとも思うのだが、さてどうだろう。

 

杉並映画村通信 108 2005年12月掲載

 

 

杉並映画村通信韓国ドラマの民族的エネルギーに脱帽

連載 第108回 

「宮廷女官チャングムの誓い」について

 NHK総合テレビで放映の始まっている、韓国の歴史もの大長編テレビ・ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」を、先行するNHKテレビBS2の放映で、すでに全54話の大部分を見た。「冬のソナタ」の次に、日本でのブームが起こっている、話題の「韓流ドラマ」である。
 朝鮮王朝の皇帝の侍医にまでのぼりつめた、男性絶対上位の時代の一人の女官の、波乱にとんだ人生のドラマである。といってもこれは、格調高い歴史ドラマというより、歴史もの大長編メロドラマといったほうがいい、人間群像劇だ。それも、同じNHKの自国産大河歴史ドラマ「義経」のように、史実をふまえたお話を、日本の風土や四季の変化の映像描写を重んじて、絵巻物風にドラマとして展開していく形のものとは、まったく違う。
 女官の母親を皇位継承争いの暗闘で失ったヒロインが、同じ女官として生きる希望を貫いて、権謀術数いり乱れる宮廷で、何度も何度も失脚したり命を奪われたりしそうになりながら生きていく、韓国ドラマ独特の「恨」がテーマの人間劇なのである。その運命に耐えて、因習の根強い宮廷世界を、けんめいに生きていくヒロインの姿を描く、人間葛藤のドラマ作りのエネルギーのしたたかさには、脱帽(?)した。
 階級制度の厳しい社会で、一庶民の少女が、運命の荒波にほんろうされながら、宮廷料理の極意をきわめ、何度も何度も非運にさらされながら、皇帝の信頼をかちとり、女性として前例のないその侍医の座を得、愛する男性との仲もまっとうして、生き抜いていくのである。
 隣国である韓国の人々の持つ、人間観とその民族的エネルギーの強烈さに、まさに圧倒されるような思いだった。それを思い知っただけでも、これは得がたい学習であった。ヒロインを演じたイ・ヨンエの主演する劇場用映画「親切なクムジャさん」も日本公開中だが、こちらは奇っ怪な作り話映画で、あんまり面白くなかった。

 

 

杉並映画村通信 109 2006年01月掲載

 

 

杉並映画村通信戦艦大和はなぜ沈んだのか?

連載 第109回 

「男たちの大和/YAMATO」シナリオ製作のプロセス

 

 お正月向けの大作日本映画「男たちの大和/YAMATO」を見た。日本人好み(?)の、歪曲化されたセンチメンタリズムとヒロイズムにいろどられた、非運の巨大戦艦大和とその乗組員たちのことを描いた映画、という印象である。正直いって、まだこんな古いパターンの日本映画が作られているのか、という気がした。
 脚本・監督は「人間の証明」「おろしや国酔夢譚」の、佐藤純弥だ。ところが、実はこの映画には、別のもう一つのシナリオが存在することを知った。できあがった映画のタイトルには出てこない、野上龍雄と井上淳一共作のシナリオである。雑誌「シナリオ」1月号にそれが活字化されている。そして「私が『男たちの大和』の脚本家を降りた理由」という、野上龍雄の文章が、その前についている。
 野上龍雄とは「日本侠客伝」シリーズ、「夜霧よ今夜も有難う」「緋牡丹博徒」「道頓堀川」などのシナリオを書いている、ヴェテラン脚本家だ。なるほど、同じ辺見じゅんの原作「男たちの大和」によって書かれたシナリオとはいえ、両者はかなりに違う。
 野上龍雄は「部下を死地に送り出した上級将校・幕僚がそのあとで悲壮に泣いて観客の感動を誘うという戦争映画のパターン」には従わず、「『大和』に憧れ、その乗組員であることに誇りを持ち、『出て来い、ニミッツ、マッカーサー!』と、無意味に、『大和』ともども海底深く沈んでいった若者(子供)たちをそのまま描くことだ」ったのだと、元の脚本の意図を記している。
 なるほど、そういう若者たちの行動を、なるべく叙事的に描いていこう、という眼に貫かれた人間集団ドラマのシナリオに、なっている。このシナリオが「製作費がかかりすぎる」「話が暗すぎる」「泣きが足りない」などといった理由によって、映画会社、書店、テレビ局、新聞社などなどの資金提供者により、歪曲化されていき、元の2人のシナリオ作者が、タイトルから名前をおろしてしまったプロセス。実はそこにこそ、皮肉にも「現代日本」そのものの縮図が、よく見えてくるような気がした。

 

 

杉並映画村通信 110 2006年02月掲載

 

 

杉並映画村通信巨大な野獣とゲイシャの関係

連載 第110回 

「キング・コング」と「SAYURI」

 

 アメリカ映画「キング・コング」と「SAYURI」が、意外と面白かった。「キング・コング」は、「ロード・オブ・ザ・リング」という、やたらに長い映画を作った監督の作品らしく、3時間8分と、えんえんと長いのが難ではある。原典となっている黒白版の古典的映画「キング・コング」は、1時間40分の作品なのである。
 同じ話をカラー・ワイド版の画面で、凝ったCG特撮を使って、変にリアルにえんえんとやるので、アナクロニズムで、なおかつ、くどい。ただし二つある見所のシーンが、悪くないのだ。ガイコツ島の断崖の上で、巨大コングが美女と共に、広大な海の夕陽を眺めるシーンである。それが、次にエンパイア・ステート・ビルの頂上で殺される寸前、コングが美女と共に広大な都会の夕陽を眺めるシーンに重なる。
 巨大な怪獣と人間がつかの間、広大な画面に出現した夕陽を眺めて、沈黙の一瞬を共有するのだ。

 

 「SAYURI」は、アメリカ映画人たちが作った「ニッポン」を舞台にした作品である。当然、あちら側の眼から見た、「蝶々夫人」流の日本が映像化されている。だがそれを「おしん」のような、「苦難のゲイシャの半生の物語」にしたところが、なかなかそれなりにリアルで面白い。京都を中心とした日本の古都への映像リサーチも、かなり入念にやって、それなりの勉強(?)もしている。
 こういう映画は、「初恋のきた道」「LOVERS」のチャン・ツィイーのような、中国人女優の主演で作られて、当然であろう。日本人がやるとかえって、おかしく見えてしまう。日本人男女優は、脇役として使われて、雰囲気を出している。
 明治か大正の話だと思っていたら、第二次大戦での敗戦とアメリカ軍占領の話が出てきて、そのアナクロニズムには、ちょっとおどろいてしまいもしたのだけれども。
 「巨大野獣と人間の共感」と、「ニッポンのゲイシャの生きかたへの人間的共感」は、ことによると一つに通底する、アメリカ人なりの「異文化理解」の深まり(?)のつもり、なのかもしれない。

 

 

杉並映画村通信 111 2006年03月掲載

 

 

杉並映画村通信逃避映画が賞をもらう

連載 第111回 

「キング・コング」と「SAYURI」

 

 2005年の日本映画の、ベスト10選出や映画賞の発表などが、いっせいに始まっている。そしてどこでも、だいたい「ALWAYS/三丁目の夕日」「パッチギ!」といった映画が、上位を占めたり賞をもらったりするケースがとても多い。それに「男たちの大和/YAMATO」が、入ったりもする。

 そのどれもが、過去の時代のことを回顧した日本映画であるところが、まったく共通している。「あのころの日本は貧しかったけれど、日本人は生きることに懸命で、幸せな時代だった」という「ALWAYS/三丁目の夕日」。「あのころは、日本人も在日コリアンの人たちも、生き生きとしていた」という「パッチギ!」。
 あるいは「厳しい戦争の時代ではあったけれども、あの時代の日本人の姿を映像で見ると、泣けてくる」という「男たちの大和/YAMATO」。こういう懐古趣味の映画がならんでしまうところこそがまさに、現在の日本社会全体の「後ろ向き」の風潮の反映、というものなのでもあろう。

 映画というものは、あくまでも今日ただいまの日本の現状というものを描き、そこから近未来を予兆する、という作りかたが基本であろう、と私は思っている。過去の時代を作品に設定するというのも、そのことを、なかなかとらえ難い今日の時代というものを、より鋭く透視するための武器として使うのなら、いいだろう。より大きく前に向かって飛ぶための、ジャンピングボードのようにして。
 戦争中の、検閲その他による弾圧が厳しかった時代に、日本映画が新しい時代劇という形で、現代社会の矛盾を衝くいくつもの優れた作品を作った、という例もある。「チョンマゲをつけてチャンバラをしていた、昔の日本人の話なのですよ、これは」という形で。
 しかし、この危うい時代に、今を直視し近未来を予兆する仕事から逃げて、妙に心地よく、過去の話を円満に造形してしまうという映画作りは、卑怯な逃避、といわれてもしかたがあるまい。

 

杉並映画村通信 112 2006年04月掲載

 

 

杉並映画村通信ハマのメリーさんとは誰?

連載 第112回 

映画「ヨコハマメリー」をめぐって

 

 「ヨコハマメリー」という上映時間1時間32分の面白い長編ドキュメンタリー映画が、登場してきた。今年30歳の横浜育ちの中村高寛監督が作った、劇場用映画デビュー作品である。
 1995年頃までの横浜に、「ハマのメリーさん」と呼ばれた、不思議な老女がいた。顔にまっ白におしろいを塗り、ちょっと汚れた西洋の貴族のような白い衣裳を身につけて、街角に立っていた娼婦である。アメリカ占領軍の兵士たちあいての商売から始めて、その頃まで横浜で生活していた名物的な存在だったという女性である。
 この映画は、1995年頃をさかいに、忽然と横浜から消えてしまった、その「伝説の女性」をめぐって、さまざまな人たちの証言を集めた、映画なのである。

 「ハムレット」の舞台でオフェーリアの役を踊った時、彼女をモデルにしたという、舞踏家の大野慶人。彼女と横浜外人墓地を結びつけて本を書いた山崎洋子。彼女をモデルに一人芝居をやった五大路子。彼女の写真集を作った写真家の森日出夫。そして彼女の世話を親身にした、熟年のゲイのシャンソン歌手の永登元次郎。
 その他、街の商店主や不良老年たち、元芸者だった女性、黒澤明の映画「天国と地獄」にも登場してきた、名物酒場だった「根岸家」をよく知る人たちなどが、映画のカメラに向かって証言をする。
 そのどの証言もが、「ハマのメリーさん」のことを語りながら、国際都市横浜の時代のことを語り、ひいてはその中で生きていた自分自身のことを語り、その時代の日本を語っているのが、とても面白い。「ハマのメリーさん」とは、まさにそのシンボルマークのような存在なのである。
 ゲイのシャンソン歌手の永登元次郎が、その後のメリーさんを探しにいくラスト・シーンも、なかなか感動的である。なるほど、こういう形で、生き生きと歴史を描く方法もあったのか、という発見をさせてくれる作品である。

 

杉並映画村通信 113 2006年07月掲載

 

 

杉並映画村通信そんなことが確かに あった…

連載 第113回 

日本映画「バッシング」

 

 小林政広監督・脚本の「バッシング」という、1時間22分の新作映画を、なかなか面白く見た。今年52才になる彼の、6本目の作品である。「バッシング」とは「強く叩くこと。手厳しくやっつけること」だという字幕が最初に出て、「この映画に特定のモデルはなく、フィクションである」という意味の、断わり書きが次に出てくる。
 北海道の海辺の町に、父(田中隆三)と義母(大塚寧々)と住む、一人の娘(占部房子)が主人公である。彼女はアルバイト先のホテルから突然、解雇を言いわたされる。次に父が、30年間勤めた工場から、退職を強いられて、やめざるを得なくなる。母もパート勤めの職場で、イヤミを言われる。
 自転車に乗って走る女主人公は、食べ物を買うコンビニで、店員からイヤガラセをされ、恋人の男とも別れることになり、結婚して赤ちゃんのいる昔の学友の女性2人から、好奇の目で見られる。
 やがて失業して酒ばかり飲んでいた父は、自死してしまう。そして継母に、父の保険金の一部を要求した彼女は、激しい感情でののしられる。
 それはすべて、彼女がやった「あのこと」が、原因であるらしい。そして彼女は今、「もう二度と帰ってこない」つもりで、「あの国に再び行く」ことを決意するのである。旅行カバンをさげて、広い海に対面する彼女の姿で、映画は終わる。
 「学校で勉強ができず、志望の上の学校の入試にも失敗し、会社に勤めても一人前の仕事をさせてもらえず、絶えず生活に大きな異和感を持っていた」彼女は、「この国では皆が怖い顔をしている」と思う。そして「あの国にボランティアで行って、困った人たちを助け、子供たちにお駄菓子をあげてよろこばれた」という体験のためだけに、再びあの国に、行くのである。
 それを、彼女の小さな生活圏の日常世界の体験のみを受け身で描いていくことで、この映画は表現していくのである。そういえば、ある中東の国で、ゲリラの人質にとられ、帰ってきた女性が、「自己責任」を問われた事件というのが、この国には以前にあった。確かに。

 

 

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