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メッセージ
都政を革新する会顧問
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今は亡き田中角栄なる人物は、極めて小心者の虚勢人間であり、それゆえに闇将軍などと評されるほどの権力保持に走った、と私は考えている。 無恥・無能・無責任にして一発芸だけの、これも虚勢だけの情けない男が総理大臣・小泉純一郎であり、その同類が都知事・石原慎太郎だ。2人に共通している特徴は、戦前思想に凝り固まった化石人間であり、虎の威を借る狐という姿であり、あまりに幼稚な人格しか持ち合わせない独善性であろう。 ヒトラーがそうだったように、指導者の人格が、その属する社会や一国のみならず、ついには全世界に歴史的被害や傷痕をもたらす危険を内包していることを、常日頃から強く意識しておく必要がある。 見せかけや口当たりの良さ、巧言甘言、お為ごかしを鵜呑みにするツケは、空恐ろしい事態を招きかねない。 しかし、小泉・石原という人格の、威勢のいい暴言・虚言にうまうまと乗せられた主権者たるべき人々の数は膨大だった。 昨年12月8日の都議会本会議で、「生物テロ」にからんで石原は、「私の場合は命がけでやるんだ。命がけで憲法を破るんだ。当たり前じゃないか」と声を荒げたと伝えられた。現行法では有効な防止策が取れないということらしいが、正に彼の無知・無能ぶりをさらした暴言だ。独裁者気取りの彼には端から「平和」憲法など唾棄すべき存在にすぎなかったのだろう。 問題は、こんな、この程度の男を都知事に選び、いまだにそのイスに居座らせている側の責任だろう。 かつて、田中角栄全盛の頃、その後援会「越山会」は、選挙区内支配を徹底し、地域ファシズムを生んだ。当時、職場にあっては労働組合員でありながら、いったん家庭にもどれば越山会員に変身するという二重性の実態を私は体験し、知った。 これでは掛け値なしの反角・反金権のたたかいが作られるわけもなかろう。 いずれ、破滅の歴史を再び振り返るときが来るとすれば、日本社会が地獄への崩落を始めた節目は、小泉・石原の登場だった、と検証されるに違いあるまい。 そんな暗澹たる気持ちを引きずったまま新年を迎えたのだが、ある朝、突然ひらめいた。そうだ! 今年は都議選の年だった、と。 やり場のなかった政治への憤懣が、一気に希望へと転化され高揚するようだった。 4月には衆院の補選もあるではないか。戦争国家化への流れにたいして、有効な反対・抵抗の道も見つけ出せず、いらだつ長かった日々がまるで嘘だったように、天気晴朗にして闘志漲る、といった心境になった。 しかもわが畏友・長谷川ひでのり氏が石原知事に「挑戦状」を掲げて立ち上がるというのだ。 私が初めて長谷川さんと出会ったのは、中曽根打倒の項目も入った署名運動のときだ。当時、それを主張する声がほとんど聞かれない状況の時だっただけに、私は、わが意を得たりの思いで一も二もなく賛同・共鳴したものである。一貫して、戦争政治、反民主政治を糾弾する姿勢は不変である。私は、長いつきあいを通じて全幅の信頼を寄せている。妄言居士・石原と真っ向対決することは請け合いだ。 今や、ひたひたと戦争の足音が近づくとともに、個人の人権、福祉は情け容赦もなく切り捨てられている。 差別意識の権化にして、国粋主義者・石原の、まるで幼稚な人格をあばき、たたきのめすたたかいは、われわれ自身のいのちを守るたたかいである。 まちがっても、「家にもどれば越山会」などというインチキな運動は許されない。日本社会の閉塞状況をうち砕くために、力を結集させたいものである。 (さくらい・ぜんさく) |
目次
斎藤貴男(ジャーナリスト) 第2部/石原都政批判
1.教育 とめよう戦争教育 「日の丸・君が代」強制はねかえそう
第3部/座談会 女性労働者と語る 女性の敵・石原は倒さなきゃダメ
メッセージ 都政を革新する会顧問 桜井善作
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