1 「日の丸・君が代」の強制反対 教育労働者とともにたたかおう
昨年3〜4月、都立校をはじめ東京の小・中・高校、養護学校の卒業式・入学式で、「日の丸・君が代」強制に反対する教育労働者数百人がやむにやまれぬ思いで起立・斉唱を拒否する抵抗闘争をたたかいぬきました。教育労働者の「日の丸・君が代」闘争は、通常国会に提出されようとしている教育基本法改悪を阻むたたかいでもあります。教育労働者を先頭に、他産別の労働者も、保護者も、みなが一緒になってたたかうことが、今切実に求められています。「日の丸・君が代」強制反対、教育基本法改悪阻止の運動を巻き起こしていきましょう。
●卒・入学式を激変させた「10・23通達」
03年10月23日、石原知事―東京都教育委員会は、都立学校の各校長あてに「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)」と「実施指針」を発しました(右参照)。
▼2003年に都教委が出した「10・23通達」
15教指企第569号 平成15年10月23日
都立高等学校長殿 都立盲・ろう・養護学校長殿
東京都教育委員会教育長 横山 洋吉
入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について(通達)
東京都教育委員会は、児童・生徒に国旗及び国歌に対して一層正しい認識をもたせ、それらを尊重する態度を育てるために、学習指導要領に基づき入学式及び卒業式を適正に実施するよう各学校を指導してきた。
これにより、平成12年度卒業式から、すべての都立高等学校及び都立盲・ろう・養護学校で国旗掲揚及び国歌斉唱が実施されているが、その実施態様には様々な課題がある。このため、各学校は、国旗掲揚及び国歌斉唱の実施について、より一層の改善・充実を図る必要がある。
ついては、下記により、各学校が入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱を適正に実施するよう通達する。
なお、「入学式及び卒業式における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について」(平成11年10月19日付11教指高第203号、平成11年10月19日付11教指心第63号)並びに「入学式及び卒業式などにおける国旗掲揚及び国歌斉唱の指導の徹底について」(平成10年11月20日付10教指高第161号)は、平成15年10月22日限り廃止する。
記
1 学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること。
2 入学式、卒業式の実施に当たっては、別紙「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針」のとおり行うものとすること。
3 国旗掲揚及び国歌斉唱の実施に当たり、教職員が本通達に基づく校長の職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われることを、教職員に周知すること。
(別紙)
入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針
1 国旗の掲揚について
入学式、卒業式等における国旗の取扱いは、次のとおりとする。
(1)国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚する。
(2)国旗とともに都旗を併せて掲揚する。この場合、国旗にあっては舞台 壇上正面に向かって左、都旗にあっては右に掲揚する。
(3)屋外における国旗の掲揚については、掲揚塔、校門、玄関等、国旗の掲揚状況が児童・生徒、保護者その他来校者が十分認知できる場所に掲揚 する。
(4)国旗を掲揚する時間は、式典当日の児童・生徒の始業時刻から終業時刻とする。
2 国歌の斉唱について
入学式、卒業式等における国歌の取扱いは、次のとおりとする。
(1)式次第には、「国歌斉唱」と記載する。
(2)国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、「国歌斉唱」と発声し、起立を促す。
(3)式典会場において、教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する。
(4)国歌斉唱は、ピアノ伴奏等により行う。
3 会場設営等について
入学式、卒業式等における会場設営等は、次のとおりとする。
(1)卒業式を体育館で実施する場合には、舞台壇上に演台を置き、卒業証書を授与する。
(2)卒業式をその他の会場で行う場合には、会場の正面に演台を置き、卒業証書を授与する。
(3)入学式、卒業式等における式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する。
(4)入学式、卒業式等における教職員の服装は、厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいものとする。
10・23通達では、「学習指導要領に基づき、入学式、卒業式等を適正に実施すること」「別紙『入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱に関する実施指針』のとおり行うものとすること」とした上で、「教職員が……職務命令に従わない場合は、服務上の責任を問われる」と、処分を振りかざしました。
「実施指針」は「国旗の掲揚」「国歌の斉唱」「会場設営等」の3項目からなります。「国旗は、式典会場の舞台壇上正面に掲揚する」「国歌斉唱に当たっては、式典の司会者が、『国歌斉唱』と発声し、起立を促す」「教職員は、会場の指定された席で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」「ピアノ伴奏等により行う」「式典会場は、児童・生徒が正面を向いて着席するように設営する」などと一から十まで事細かに指示しました。
この通達には多くの問題点があります。
まず一つは、卒・入学式を、「日の丸」を壇上に掲揚し、教職員も生徒もそれに向かって正対して「君が代」を斉唱することを中心としたものにがらりと変えたということです。参加者の配置や式次第もすべて都教委の定めたとおりにさせられました。戦前・戦中の学校で行われていた教育勅語体制下の儀式とまったく同じ儀式を現代に復活させたのです。
二つめには、教職員にたいして、指示どおりにしなければ処分するとあらかじめ通告したということです。すべての学校で校長が教職員一人ひとりに職務命令書を手渡して、起立・斉唱を命じました。脅迫によって教職員を従わせようとしたのです。
三つめに、各学校の卒・入学式をこの通達・実施指針どおりのものにするため、都教委が全校の式に職員を派遣して詳細な調査と報告を行わせ、その結果にもとづいて教職員を処分するとしたことです。
●「卒業生が主人公」の卒業式を
都立高においては1980年代から、形式張った儀式のような卒・入学式のあり方を改めようという取り組みが行われてきました。卒業式では、卒業生自身がプログラムや中身を決めてきた学校も多くあります。「フロア形式」(舞台上を使わず、同じフロアであいさつや証書授与を行う)や「対面形式」(生徒、保護者、教職員が向き合う)も多く取り入れられてきました。「卒業式の主人公は卒業生」と、教職員も保護者も在校生も、ともに卒業生の門出を祝ってきたのです。そこには、卒業生も、教職員や在校生も、お互い微笑みをかわし、あるいは涙ぐんで別れを惜しむ、感動的な光景がありました。
10・23通達は、このような努力により作られてきた卒業式を、完全に踏みにじりました。証書授与も舞台上、教職員・生徒・保護者全員が「日の丸」を掲げた舞台に向かって並ばされて、お互いの背中しか見えない式に変えられました。
このような横暴なやり方に、教職員だけでなく高校生や保護者からも声が上がりました。「自分たちの希望も聞いてほしい」と署名を集めた高校生や、校長と話し合いを行った保護者など、心から卒業を祝う式としたいという取り組みが行われました。しかし校長はまったく聞き入れず、都教委通達どおりの式を強硬に実施したのです。
●数百人の教職員が不起立貫く
「『日の丸・君が代』戒厳令」とも呼ばれた04年春の卒業式・入学式で、すべての学校で教職員が「日の丸・君が代」強制に反対しました。その中で、あらゆる脅しを突き破って、都立高の教職員を先頭に数百人の教育労働者が勇気ある行動を起こしました。
式当日は、各校に都教委職員が数人ずつ派遣されました。舞台上であいさつする職員とは別に、教職員の動向を背後から監視するための都教委職員が配置されました。そして「君が代」斉唱が始まり、起立しない教職員がいると、教頭が近づいてきて「立ってください。立ってください」と声をかけて強制しました。ある養護学校では、着席しているところをビデオで撮影された教員もいます。
このような中で多くの教育労働者が、自らの信念にかけて、不起立を貫きました。また、生徒も自ら「日の丸・君が代」強制に反対する行動を行い、卒業生の9割が起立を拒否した学校など、多くの抗議行動が行われました。
●現場組合員の自主的な決起
このたたかいは、組合執行部の方針により行われたものではありません。都立高の教職員組合である東京都高等学校教職員組合(都高教)本部は、03年春まで、「日の丸・君が代」強制に反対して「立たない・歌わない・弾かない」方針で抵抗してきました。しかし10・23通達を受けて、04年春は“もうたたかうことはできない”と考え、「職務命令が出たら引く=従う」という指示を出しました。この都高教本部の方針は、現場組合員を本当に悩み苦しませました。
しかし、自衛隊がイラクに派兵された今、職務命令に黙って従い、立って「君が代」を歌うことは、子どもたちに「命令には考えずに服従せよ」「天皇と国のために命を投げ出せ」と教えることを意味します。「こんな戦争加担を繰り返さないために自分たちはたたかってきたのではないのか」「10・23通達に屈したら教育というものは成り立たないではないか」――これがすべての教職員の思いでした。そして一人ひとりが式当日まで悩んだ末に、誠実に真剣に、自らの生きざまをかけて、起立やピアノ伴奏を拒否するという決断をしました。教育者としての良心、教育労働者としての人生をかけて、「教え子を再び戦場に送らない」を貫いたのです。
石原知事と都教委による処分の脅しは、まったく逆に「ここまでやられて黙っていられるか!」という労働者魂に火をつけ、数百人のたたかいを生みだしたのです。
●人生をかけて貫いた不起立
04年11月7日の「全国労働者総決起集会」で、「『日の丸・君が代』不当処分撤回を求める被処分者の会」事務局長である近藤徹さんは、次のように発言しました。
「東京の『日の丸・君が代』強制と大量不当処分は、まさにこの国を戦争する国にするための、憲法・教育基本法改悪の攻撃の先取りにほかなりません。私たちはこの戦争への道を断固拒否してたたかうものです。私たちは臆病(おくびょう)者ではありません。私たちは、誇り高い勇気ある教育労働者です。彼らがどんなに『思想改造』を強制しようとも考えを変えません。抑圧と処罰で私たちのたたかいを止めることはできないのです。私たちのたたかいは不当処分撤回の日まで続くでしょう」
また、ある教員は次のように言っています。
「これは教員ならば、当然なすべき抗命義務である、と思っている。子どもたちの心と身体が、国家に丸ごと奪われようとしている時に、職務命令に従って、奪う側にまわるのか否か。これらのことは、教員生命をかけて問われている問題だと思うのだ」
さらに、ある教員はこう言っています。
「けっして『処分』を恐れていないわけではない。『処分』を受けた後の、教員としての未来に、不安を感じないわけではない。しかし、そんな自分自身の未来にたいする不安よりも、日本がこれからどうなっていくのかということへの不安が大きい」
また、04年3月で定年退職を迎え、4月以降は嘱託職員になることが決まっていたにもかかわらず、卒業式で不起立したことにより、実質上の解雇を受けた教員がいます。これまで「君が代」斉唱・「日の丸」掲揚に起立しなかったことは一度もないというこの教員は、次のように述べています。
「国を愛する心を、国歌や国旗によって国民に強制的に求めるのは、過去の歴史が示しているように、大きな間違いを犯すことになる。教育の場において、いかなる理由があっても『強制』という手段をとることは、軍国主義の暗い時代へと教育を逆戻りさせてしまう。間違った歴史をくり返さないようにすることが、教育の理念になくてはならない。私は、国旗・国歌に反対して起立せず、歌わなかったのではない。職務命令の内容にはそぐわないというべき『強制』という方法に反対の意思を表すため、そして教育の理念を守り続けるために、職務命令に従わなかったのである」
本当に感動的な、勇気ある行動です。
●前代未聞の大量報復処分
都教委は、卒・入学式で起立しなかったことなどを理由に、教職員248人を処分しました。1回の不起立やピアノ伴奏拒否で戒告処分(昇給延伸3カ月)、2回続けた4人の教職員には減給処分(10分の1・1カ月)が下されました。定年後の嘱託などに内定していた9人の採用・更新を取り消し、実質的に解雇しました。
たった1回、約40秒間着席しただけで戒告処分というのは、これまでの「日の丸・君が代」関係の処分と比べてもひどい重処分です。
●生徒・児童への「日の丸・君が代」強制
都教委による「日の丸・君が代」強制の対象は、生徒・児童にもおよんでいます。
03年まで、都立高のほぼ全校の卒・入学式で、「君が代」斉唱の前に司会が「国歌斉唱については内心の自由があるので、自分で判断して下さい」「歌う、歌わないは本人の自由です」などと述べていました。ところが都教委は、この「内心の自由を尊重する」という言葉も禁じました。04年3月の通知では、「(ホームルームや入学式・卒業式等の予行などで)生徒に不起立を促すなどの不適切な指導を行わないこと」としました。
さらに04年5月には、生徒が式場で起立しなかった責任を教職員にとらせるとして、67人の教職員・管理職に「厳重注意」「注意」「指導」の処分を行いました。教員を処分し、「君たちが起立しなければ教員が処分されるぞ」と脅して児童・生徒に起立と「君が代」斉唱を強制しようというのです。
04年秋に創立記念式典が行われた高校では、「日の丸・君が代」に関して「学習指導要領に基づき、適正に生徒を指導する」という一文を盛り込んだ職務命令を出しました。
子どもたちに愛国心・天皇への忠誠心をたたきこむことが、「日の丸・君が代」強制の最大の狙いです。
●被処分者に「反省」を強いる研修に抗議
石原知事と都教委は処分だけでは抵抗をつぶせないと判断し、04年8月には、被処分者にたいする「服務事故再発防止研修」を強行しました。「服務事故再発防止研修」とは、飲酒運転など「非行」を起こした労働者の再発防止を図るという名目で設けた制度です。その要綱には、「被処分者が行った非行に対する反省を促す」「自ら行った非行に関する報告書を作成させる」と明記されています。被処分者に思想改造を迫り、「不起立したことは間違っていました」という「反省文」を書かせる「研修」だったわけです。
「こんな暴挙に唯々諾々(いいだくだく)と従うことはできない!」。「研修」は都教委の思惑とはまったく逆に、被処分者が都教委職員を徹底追及する場となりました。被処分者全員が「反省」をきっぱりと拒否して、会場内外で抗議行動を行いました。
また「再発防止研修」にたいしては、対象とされた教職員が処分の取り消しおよび行政処分執行停止を求めてたたかいました。東京地裁は執行停止については却下したものの、「何度も繰り返し同一内容の研修を受けさせ、自己の非を認めさせようとするなど、公務員の内心の自由に踏み込み、著しい精神的苦痛を与えれば、違憲違法の問題を生じる可能性がある」と指摘せざるをえませんでした。
●式場で週刊誌コピーを配布した元教員を不当起訴
都教委と警視庁・検察庁が結託した前代未聞の刑事弾圧も加えられています。04年3月の板橋高校の卒業式では、来賓として招かれた元教諭の藤田勝久さんが、式が始まる前に参加者に週刊誌のコピーを配りました。その後、卒業式は式次第どおりに行われました。
ところが東京地検は04年12月、「式の円滑な進行を妨げた」として、藤田さんを威力業務妨害罪で起訴したのです。石原・都教委と警察・検察が一体となって「日の丸・君が代」闘争をおしつぶそうとする、まったく不当な刑事弾圧です。
●不当処分をうち破ってたたかいが広がる
被処分者は、こうした石原知事と都教委の凶暴な処分にまったく屈していません。それどころか、不当処分・不当解雇の撤回を求めて、都人事委員会闘争や民事裁判に立ち上がっています。さらに全国各地を飛び回って支援と共闘を呼びかけ、全国の教育労働者はもちろん、ほかの産別の労働者にも大きな反響と共感が広がっています。
今、私たちの前で、自衛隊がイラクに出兵しています。有事法制がつくられ、労働者に戦争協力が従事命令として強制されようとしています。その中で、東京の教育労働者の「日の丸・君が代」闘争は、労働者が団結して戦争協力を拒否する道筋を私たちに示してくれたたたかいだと思います。
●石原知事が「東京から日本を変える」と豪語
なぜ今、「日の丸・君が代」が強制されているのでしょうか。
99年に「国旗・国歌法」が成立しましたが、その条文は「国旗は日章旗とする。国歌は君が代とする」というだけのもの。掲揚や斉唱の強制の根拠になるような言葉はありません。当時の政府答弁も「(国旗掲揚・国歌斉唱を)強制しない」というものでした。
ところが、横山教育長は「そもそも国旗・国歌については強制しないという政府答弁に始まっている混乱」(03年4月、都教委定例会)と公言しているのです。本当は強制したいができない政府に替わって、まず東京都で強制するということです。
また、「日の丸・君が代」について石原知事は、「5年先、10年先になったら、首をすくめて見ている他県はみんな、東京の真似をすることになるだろう。それが、東京から日本を変えていくことになると私は信じています」(04年4月、都教育施策連絡会)と豪語しています。東京から国政全体を変えるのが、最初からの狙いなのです。
●「日の丸・君が代」は侵略戦争の象徴
そもそも「日の丸・君が代」とはなんでしょうか。第2次大戦にいたる時代を振り返ってみましょう。
「日の丸・君が代」が学校行事で使われるようになったのは、1890年代のことです。1890年に「教育勅語」が発布され、翌年に文部省が学校での儀式を規定した「小学校祝日大祭日儀式規定」を定めました。これで「日の丸・君が代」が学校行事に強制されていったのです。
戦前の国定教科書『小学修身書 巻四』(4年生用)では、「『君が代』の歌は、『我が天皇陛下のお治めになるこの御代は、千年も万年も、いや、いつまでもいつまでも続いてお栄になるやうに』という意味で、まことにおめでたい歌であります」と明記されていました。「日の丸」については、修身教科書の教師用「教材の趣旨」で、「我が国においては日の丸の旗をもって国家の標識とし、国民精神の象徴としていることを感得せしめて、尽忠報国(じんちゅうほうこく)の念に燃えしめるところに本教材の趣旨がある」としていました。「尽忠報国」とは、“忠義を尽くして国に報いる”という意味です。
こうした学校儀式での「日の丸・君が代」こそが、「軍国少年」をつくり、“天皇のために死ぬ”“滅私奉公”の人間をつくりだしたのです。儀式では教育勅語も読み上げられましたが、必ずしもその全内容を理解させるものではありませんでした。天皇・皇后の「御真影」への最敬礼、「君が代」の合唱、「日の丸」掲揚への直立不動などの身体的動作の反復が、子どもたちを国家主義に染めあげたのです。学校儀式こそが教育全体を愛国主義一色に変え、その天皇制教育が社会全体にも浸透していったわけです。
●ドイツのハーケンクロイツと同じ
日本の天皇・裕仁は、第2次世界大戦で、ドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニと並び称された戦争責任者です。その象徴が「日の丸」と「君が代」でした。
第2次世界大戦後、ドイツでは、ナチス時代に国旗の代わりに使われていた「ハーケンクロイツ(鉤十字)」は使用禁止、「世界に冠たるドイツ」と歌った国歌の歌詞も変更しました。ハーケンクロイツだけでなく、ナチスを表現するものを公共の場に持ち出すことは法律で禁じられています。
日本では、戦後も天皇が存続し、「日の丸」も「君が代」もそのまま続いています。ドイツでいえば、ヒトラーもハーケンクロイツも、国歌の「世界に冠たるドイツ」という歌詞も、そのまま残っているようなものです。これは、日本がアジア侵略戦争にたいする戦争責任を認めず、謝罪や賠償を行うことを放棄しつづけてきたことと一体の問題です。
●イラク派兵と「日の丸・君が代」強制
そのような「日の丸・君が代」がなぜ今、強制されるようになったのでしょうか。またも日本が侵略戦争をやろうとしているからです。いや、すでに侵略戦争に突入しているからです。
03年から始まったイラク侵略戦争は、世界戦争の幕開けにほかなりません。現にアメリカは、イラクでの泥沼的な戦争を続けながら、イラン、北朝鮮、中国などへの侵略戦争も構えはじめています。しかも、イラク戦争をめぐって、帝国主義国は米英日対独仏に大分裂しました。すでに欧州は単一通貨ユーロをもってアメリカに対抗していましたが、ついに外交・軍事面でも対立が始まったわけです。世界の市場や石油資源の奪い合いのために、各国が軍事力を使う。これこそ帝国主義そのものです。そうした世界戦争の時代に入っているのです。
日本も、イラク戦争で米英日枢軸に踏み切りました。戦場への自衛隊の派兵は初めてのこと。このイラク派兵はえんえんと続きます。その意味で、ついに日本も戦時下に入ったのです。また、北朝鮮・中国にたいしてもアメリカと一体となって侵略戦争をしかけようとしています。日本はアジア市場をめぐってアメリカ・欧州と激しい奪い合いをしていますが、だからこそ日米安保を強化する形で侵略戦争に踏み切っているのです。
●被処分者・被解雇者とともに全労働者と保護者がたたかおう
04年11月6日に行われた「教育基本法の改悪をとめよう!全国集会」では、05年3〜4月卒・入学式での不起立闘争が力強く呼びかけられました。発言に立った「都教委包囲首都圏ネットワーク」の見城赳樹(けんじょう たけき)さんは、次のように訴えました。
「教育基本法改悪の動きは有事法制や改憲の動きと連動している。都の教育行政を変えることが教育基本法改悪の動きを止めることになる。来年3〜4月の卒業式・入学式でも『日の丸・君が代』拒否の多くの不起立者を生み出そう。全国の皆さん、東京のたたかいに支援と連帯を」
多くの教育労働者が、再度の処分を恐れず、05年3〜4月の卒・入学式で立ち上がろうとしています。教育労働者のたたかいを孤立させてはなりません。あらゆる産別の労働者が支援・連帯のたたかいに立ち上がりましょう。
2 ファシスト石原知事による戦争教育
教育労働者がやむにやまれぬ思いで行動を起こした背景には、石原というファシストが都知事に就任して以降の“やりたい放題”とも言える横暴な教育支配があります。その中身を見てみましょう。
●小泉政権の先兵・ファシスト石原
石原慎太郎は都知事になったあとに、「ヒトラーになりたいね、なれたら」と言い放っています(『論座』01年5月号)。また、『諸君』という雑誌で「東京からクーデターを起こす」と公言しています。このように石原知事は、ヒトラーを信奉するファシストであると自認している人間です。石原知事は「東京から日本を変える」と公言して、日本の政治を戦争に向かって動かそうとしているのです。こんな石原都政には、絶対に断を下さなければなりません。
石原知事は、かつての日本の中国・アジア侵略戦争や日米戦争を賛美してやまない人物です。「戦争こそは社会の原理」「戦争というものは、好きとか嫌いとかいった生理的な感情とは別の次元で、やらなければならない時がある」と明言しています(97年『「父」なくして国立たず』)。現行憲法についても罵詈雑言(ばりぞうごん)を繰り返し、都知事になったあとにも「現憲法は破棄した方がいい」と言っているのです(00年1月『週刊ポスト』)。教育でも教育勅語を絶賛してきた、とんでもない人物です。
石原知事は、政府を右の側から批判し、今の政治にたいする民衆の不満を代弁する形をとりながら、国家総体を戦争に引きずりこもうとしている最悪の人物なのです。
●石原知事と極右勢力による都の教育支配
この石原知事が都政の中でも最も重視しているのが、「教育改革」です。
石原知事による東京の教育支配は、まず教育委員会を石原人脈で固めることから進められました。99年10月に鳥海巌(丸紅元会長)を、12月には米長邦雄(棋士)を教育委員に任命。00年7月には、総務局長であった横山洋吉を副知事格で教育長に任命。米長、鳥海が教育委員会を牛耳り、事務局にはっぱをかける形で、石原教育行政が展開されているのです。
さらに02年4月の内館牧子(脚本家)の任命、04年10月の木村孟(中教審副会長)の任命と教育委員会委員長選任、04年12月の高坂節三の任命。高坂は、経済同友会の憲法問題調査会委員長として改憲を求める意見書をまとめた人物です。これで6人の教育委員全員が石原知事の指名した人物で占められました。
これらの委員には、「政治的中立性」など微塵もありません。「日の丸・君が代」に関する各委員の発言はひどいものです。
鳥海巌委員「(「日の丸・君が代」強制に反対する教職員を)徹底的につぶしませんと後で禍根が残ります。半世紀の間巣くってきているがんですから、痕跡を残しておけば、必ずこれは自然増殖をしていく」(04年4月8日 都教委主催の教育施策連絡会にて)
米長邦雄委員「(卒・入学式で)学校長に個別的職務命令書を出せと言ったのにもかかわらず、従わなかった校長がいる。規律違反だから、(都教育庁)指導部長がその校長を呼びつけて、おわびさせてもらいたい。やってもらえますか」(04年5月、都教委定例会にて)
内舘牧子委員「(職務命令を出さなかった校長たちは)ばか(ママ)な人たち」(同。米長委員の発言に続けて)
このように都教委の委員は、「日の丸・君が代」強制に反対し思想・信条の自由を守ろうとする教育労働者を、憎悪の対象としている人物ばかりなのです。
都議会では、土屋たかゆき(板橋区選出・民主党)、古賀俊昭(日野市選出・自民党)、田代ひろし(世田谷区選出・自民党)の「3人組」が重要な役割を果たしています。石原知事は03年9月の田中審議官宅放火事件にかかわって「爆弾テロ当然」と発言しましたが、彼らはこれに呼応して「石原発言断固支持集会」を開いた石原親衛隊です。都教委の反動的施策を引き出す先兵となり、平和教育に取り組む教員を街頭宣伝や出版物で誹謗(ひぼう)中傷しています。この「3人組」の突出をまかりとおらせているのは、都議会のオール与党体制です。
教育庁を含む都庁幹部職員のほとんどが、異常なまでに頻繁になった幹部級の異動に戦々恐々とし、知事や副知事の顔色をうかがって仕事をしていると言われます。こうして石原知事のファシスト的な思想によって教育行政が牛耳(ぎゅうじ)られています。教育行政の独立性、政治的中立性は踏みにじられ、むきだしの政治の介入・支配がまかりとおっています。
●石原知事のめざす教育は「特攻隊」づくり
日本の敗戦からちょうど60年を迎える05年、石原知事は自らシナリオを書いて、「特攻隊」をテーマに映画をつくっています(05年夏公開予定)。この映画について、『特攻と日本人─ある見事な青春群像』(『文藝春秋』04年9月号)の中で、「出撃していった彼ら自身……守らなければならないもののためにあえてその運命に殉じていった。その青春のピューリティー(純粋性)は何人にも否定されえないし、私が描きたいのはそうしたある確かな青春の姿」と述べています。そして、「私はなんとか天皇陛下にも、靖国神社を参拝して頂きたい。その一瞬にこの日本で大きなものがはっきりと変わる」と結んでいます。
石原知事が異常なまでの執念で学校現場に「日の丸・君が代」を強制するのは、特攻隊と同じ「青春」を過ごす若者を作るためです。
●靖国神社参拝をくり返す石原知事
石原は都知事に就任して2年目の2000年以降、毎年8月15日の日本の敗戦の日に、靖国神社公式参拝をくり返しています。「日の丸・君が代」強制や、「特攻隊」の賛美と同じく、石原知事のめざす政治を象徴しています。
靖国神社には、日本軍の戦死者・戦病死者246万余人が「英霊」として祀(まつ)られています。さらに東京裁判でA級戦犯として処刑された東条英機(日米戦争時の首相)、板垣征四郎(「満州国」デッチあげの首謀者)、松井石根(いわね)(南京大虐殺の最高司令官)ら14人が「昭和殉難者」として合祀されています。
戦争犯罪人の合祀について、靖国神社社務所が発行した資料は、以下のように記しています。
「戦後、日本と戦った連合軍の、形ばかりの裁判によって一方的に“戦争犯罪人”という、ぬれぎぬを着せられ、むざんにも生命をたたれた1068人の方々……靖国神社ではこれらの方々を『昭和殉難者』とお呼びしていますが、すべて神さまとしてお祀りされています」
靖国神社に閣僚や国会議員、都知事らが参拝をくり返すことは、戦争犯罪人を「神」としてあがめて、“神の生き方に学べ”とアジア侵略戦争を賛美する行為です。韓国・朝鮮やアジアの民衆から抗議の声がわき起こるのはあまりにも当然です。
●差別・選別教育で「エリート」以外は切り捨て
石原教育行政のもう一つの問題が、能力主義教育、差別・選別教育を徹底しておし進め、ほんの一部の「エリート」だけを選別して、それ以外の子どもたちは切り捨てていこうとしていることです。その典型例として都立高校改革を見てみます。
都立高校改革で、大規模な統廃合が進行しています。97年に208校あった全日制を2011年に180校に減らそうとしています。とくに定時制高校は根こそぎ統廃合の対象とされ、同100校を55校にされようとしています。定時制高校の統廃合の進展で、定時制の応募倍率は軒並み上昇し、不合格者が続出しているほどです。働きながら高校に通う生徒は、切り捨ての対象とされているのです。
さらに、入試に関する学区を全廃し、都内どこの高校でも受験できるようにしました。そのことにより学校間の競争があおられ、多様化・格差化が進められています。普通科高校は「進学指導重点校」「中堅校」「教育課題校(エンカレッジスクール)」の三つに分けられ、「中堅校」は進学指導と生活指導の比重の置き方で全校が序列化されてしまいます。
また中高一貫校を10校設置することを決定し、エリート教育を進めようとしています。
日本経団連の奥田碩(ひろし)会長は、『活力と魅力溢れる日本をめざして』という提言=奥田ビジョン(03年1月)で、「リーダーを育てる」ための「競争原理の導入と多様な教育サービスの提供」をあげています。日本経団連は、従来の「平等主義」的な教育を破壊し、少数のエリートをつくりだす教育に転換させようとしているのです。この政策を先取りしているのが、石原都政です。
●教職員にたいする極限的な労働強化と労働組合つぶし
もう一つ、石原教育行政の中心的な攻撃が、教職員にたいする労働強化、教職員組合つぶしです。
2000年には全国で初めて、教員用人事考課制度を導入しました。教員の「業績評価」で5段階にランク付けし、定期昇給にも反映しようというものです。
03年4月には、やはり全国で初めて、「主幹」職を新設しました。主幹は給与も別立ての中間管理職です。「校長─教頭─主幹─一般教員」という、上意下達(じょういかたつ)のシステムを作ろうとしています。賃金差別によって競争をあおり、分断を持ち込んで団結を破壊しようとしているのです。
また03年度に人事異動要綱を改悪し、都教委と校長の意向により、意にそわない教員をどこにでも飛ばすことができる仕組みをつくりました。
さらに授業内容を管理するため、年間指導計画、週ごとの指導計画(週案)の提出が義務づけられました。授業で使用するプリントやビデオなどの副教材も事前検閲制です。教育内容への介入に抵抗して週案の提出を拒む教員は、強制異動させられています。
このような耐えきれないほどの労働強化により、東京の教育労働者はみな疲れ切って、定年退職を待たずに若年退職する人や病気休職に追い込まれる人が急増しています。退職者が急増したため、ここ数年新規採用を増やしていますが、新規採用された若い労働者でも、1年間勤務しただけで退職する人が約1割います。石原知事と都教委の「教育改革」が、どれほど学校を働きにくい環境にしているのかを示すものです。教員がこんな極限状態に置かれていることが、いわゆる「教育の荒廃」の要因のひとつです。
杉並区の「教育改革アクションプラン」 石原知事と一体の山田区長
杉並区は、山田区長による独断的な行政介入により、教育基本法の基本原則である「平和・平等・行政の不介入」を脅かし、「教育改革アクションプラン」を実施してきました。「学校選択制」「小中一貫校」「地域運営学校」「体力・学力テストの導入」「杉並師範塾設立」「公募制」、さらには校長が自校に望ましい教員像を公表して教員を募る「ゆびとま(「先生この指とまれ」)方式」などなど。これをマスコミも大きくとりあげ、山田区長は「教育改革」の先駆者のように宣伝されています。
しかしこれらの「改革」は、教育の平等原則と公的性格を否定し、生徒と向き合う教職員の声を一切無視したものです。その中身は、学校間・生徒間の競争をあおり、格差と差別を広げ、警察や民間企業を引き入れ、教員の団結を破壊し、戦争賛美の「つくる会」歴史教科書で愛国心を植えつけるものです。金持ちの子どもはどんどん伸ばしてエリートに、貧しい家の者は上の命令に従順に従う労働力か兵隊にする。それが「教育改革」の正体です。
山田区長は、教員を戦前と同じく「師範」と呼び、「素直な心」「尽くす心」「日本を大切にする」を強調する教師版「心のノート」を作ろうとしています。子どもには「新しい子ども像」の押しつけです。「正義感や倫理観、規範意識や豊かな感性」「他人や社会のために尽くす人間」「体力・健康作り」などと国益と奉仕を強調し、国家に従順な子どもを作ろうとしています(杉並区教育報04・6・16)。教育基本法にある「個人の尊厳」「真理と平和を希求する人間の育成」「平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値を尊び」といった内容は全否定されています。
●新成人に「特攻隊の訓話」
今年1月10日、山田区長は杉並区の成人式の祝辞の中で、映画『蛍』に出てくる特攻隊員が、出撃前に母親に当てた手記を読み上げました。区長は、「こうした歴史を繰り返さないように」と言ったのではありません。「特攻隊のように国のために命を捧げた若者によって、今の日本があることを感謝しなさい」と述べたのです。自衛隊のイラク派兵で新たな「15年戦争」が始まっている今、成人式で「特攻隊員への感謝」を説く区長の意図は明らかです。
3 教育基本法の大改悪をとめよう
教育基本法の見直しは、05年通常国会への改悪案提出も予想される重大な情勢を迎えています。政府は05年1月に「教育基本法改正政府原案」をとりまとめ、通常国会への法案提出を目指しています。教育基本法改悪反対の署名を広め、なんとしても改悪をくいとめましょう。
●目標は愛国心教育、国家が教育に介入
教基法改悪には絶対反対です。多くの問題点がありますが、ここでは2点だけ指摘します。
@「教基法改正案」はまず、現行教育基本法にある「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない」という言葉も、「日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示」という言葉もすべて削除しています。その代わりに「教育の目標」に「伝統文化を尊重し、郷土と国を愛し、国際社会の平和と発展に寄与する態度のかん養」を盛りこんでいます。戦前のような愛国心教育を中心にすえるということです。
A現行教基法は第10条(教育行政)で、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負われるべきものである」としています。国家に完全に支配されていた戦前の教育にたいする反省から、国家―教育行政が教育内容を統制することを「不当な支配」として禁止したものです。ところが「改正案」ではこの条文が丸ごと削られています。国家権力が教育内容に介入することを自由にしようということです。
(写真 杉並区の駅頭で教育基本法改悪に反対する署名を集める【JR高円寺駅前】)
●戦争への国民精神の総動員を狙う
すでに03年から04年にかけて、武力攻撃事態法、国民保護法などの有事法制が成立しました。04年12月の新防衛大綱では、海外派兵を「国土防衛」と並ぶ自衛隊の主任務としています。しかし、有事法制の成立や自衛隊の強化だけでは本格的な侵略戦争はできません。国民精神を愛国主義、国家主義に塗り替え、“戦争のために死ぬ”精神に染めあげなければ、大々的な侵略戦争はできません。小泉政権はその「国民精神の総動員」を、教育基本法改悪で実現しようとしています。
●教基法改悪は改憲につながる
04年11月に自民党が発表した改憲素案は、実に重大な内容です。第1章の「総則」に「我が国の国旗は日章旗である」「我が国の国歌は君が代である」と明文の規定を盛りこんでいるのです。
さらに第3章の「基本的な権利、自由及び責務」の項に、「教育の基本理念」を条文として明記するとしています。そこでは、教育の基本理念として、「我が国の歴史・伝統・文化を尊重し、郷土と国を愛し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を涵養(かんよう)することを旨として行われなければならないものとする」とされています。自民党改憲素案は、愛国主義教育を憲法の条文に入れようとするものであり、9条改憲と一体のものです。
しかも、この素案の解説では、「いわゆる『愛国心』の明記等に関しては、教育基本法改正の動きとも関連して、さらに検討することが必要か」としています。教基法改悪と一体で憲法に愛国主義教育を明文化しようと狙っているわけです。
しかし一方で、自民党は「教基法改正の動き」がどうなるのか、まだ断言できないわけです。それは、「日の丸・君が代」にたいするたたかいが盛り上がり、教基法改悪に立ちふさがる運動が巻き起こっているからです。教基法改悪を食い止めることができるなら、改憲も止めることができるのです。
●行き着く先は教育勅語の復活
教育基本法の改悪は、教育勅語の復活です。
1890年10月30日に発布された教育勅語は、大日本帝国憲法とともに、天皇制国家の支配体系の柱でした。勅語とは、天皇が直接国民に発する言葉のことです。1945年に日本が敗戦するまで55年間の教育は、一貫して教育勅語にもとづいて行われました。
教育勅語では、「父母に孝行し、兄弟・友・夫婦は相和し、友人とは相信じ」などの道徳律を並べ立てた上で、これらはすべて「一旦緩急(いったん かんきゅう)あれば義勇公に奉じ天壌無窮の皇運を扶翼すべし」というものでした。“いったん国に危急の事態が起こった場合には、国家のために尽力し、もって天皇をいただく日本国の運をたすけるべし”という意味です。教育勅語体制下の学校教育とは、万世(ばんせい)一系の天皇を頂点にした「国体」、つまり天皇制国家を護持するために命を投げ出すことが絶対の使命であると、子どもたちにたたきこむ場とされたのです。
第2次大戦後の現行憲法・現行教基法の制定は、教育勅語の失効とセットでした。今、小泉政権や石原都政は、教基法改悪と改憲をもって教育勅語体制を復活することを狙っているのです。
●戦争体制・国民総動員体制の確立のための教育の大改革
かつての戦時体制において、学校と役場、警察は国民総動員体制の要でした。今再び、教育を戦争体制の要としようしているのです。
考えてもみてください。学校で「日の丸・君が代」強制反対運動が完全に押しつぶされ、教育基本法が改悪されたらどうなるでしょうか。次は地域住民にたいして、「日の丸を掲揚せよ。君が代を斉唱せよ」という運動が展開されることになるでしょう。思想・信条の自由は奪われ、「私は掲げたくない。歌いたくない」という人がいたら、「非国民」「不逞(ふてい)の輩(やから)」と攻撃されてパージされるという事態になりかねないのです。
学校において「日の丸・君が代」が徹底されることは、「天皇のために命を捨てることが日本人の至上の使命」という価値観が、社会全体に強制されていくことを意味します。国民総動員体制が、学校を中心にして社会全体で作られていくのです。
●教育基本法が「教育の荒廃」の原因なのか
近年、いわゆる「教育の荒廃」が大問題になっています。「教育基本法が教育荒廃の原因」「学校が愛国心・道徳教育をきちんと行わないから、子どもたちが荒れる」などの主張がまかりとおっています。
子どもたちの現状は社会の反映です。世の中には「正義」という言葉が空しく思えるような政治家や経営者の汚職や不正事件があふれかえっています。「右肩上がり」の経済成長が終わりを告げて久しい今、親の世代はリストラや賃下げに苦しみ、子どもたちが希望ある未来を展望することもできなくなっています。
他方では、文部科学省が能力主義教育、差別・選別教育をますますあおり立てています。若い世代の中では「勝ち組」「負け組」という言葉が当たり前に使われ、弱肉強食の論理がまかりとおっています。子どもたちも幼いころから否応なしに過酷な競争に追いやられ、心を傷つけられています。
もう一つ大きな問題が、日教組本部がこうした現実と立ち向かってたたかうことを放棄しているという点です。日教組本部は1989年の総評解散・連合結成時に連合に加盟し、つづく1995年には「参加・提言・改革」を掲げて「文部省とのパートナー路線」へと路線を転換しました。こうした日教組本部のたたかわない姿勢こそ、現場教育労働者にも、子どもたちにも、極限的な矛盾を強いていると言えます。教育労働者のたたかう団結こそ、教育の自由を守りぬく力です。
●「教え子を再び戦場に送るな」掲げる日教組をつぶさせてはならない
石原都政も、小泉政権も、相次ぐ「教育改革」攻撃─教育基本法改悪攻撃の最大の狙いを、日教組つぶしに定めています。学校を、戦争教育・愛国心教育の場とするためには、率先してそれを担う「愛国教師」が必要です。そうした教育への転換を阻むネックが、「教え子を再び戦場に送るな」を掲げる日教組に結集するたたかう組合員の存在なのです。
そのために現在、「教員免許更新制」の導入が検討されています。教員免許更新制とは、これまで終身有効だった教員免許に一定の期限を設け、更新する制度です。その期限は短ければ2年、長くても5年と言われます。期限を迎えて「不適格」と判断されれば教員免許が奪われて、二度と教壇に立つことができなくされるのです。「不適格教員」の名で、政府や都の意のままにならない教員を学校現場から排除するための制度です。
教育基本法改悪反対運動や「日の丸・君が代」強制反対運動に取り組む教育労働者のたたかいこそ、「たたかう日教組」を再生するたたかいです。
●都議会が「教基法改正」の意見書を採択
04年6月、与党の教基法中間報告が発表された同じ日に、都議会は自民党・民主党・公明党の賛成多数で「教育基本法の改正に関する意見書」の採択を強行しました。“国への意見採択は全会一致とする”という、従来の慣例を破りすててまでです。意見書は、「日本の教育改革のため、一切の聖域を設けることなく徹底論議を行い、教育基本法の改正を実現するよう強く要請する」と全面「改正」を求める内容です。このような都議会は絶対に変えなくてはなりません。
4 「つくる会」教科書の採択は許さない
05年3月末には、06年度から使用される中学校の教科書の検定結果が出ます。8月の各自治体での採択にむけ、「新しい歴史教科書をつくる会」(以下「つくる会」)の教科書の採択をめぐる攻防が焦点化します。
「つくる会」教科書は、皇国史観にもとづいて全記述が行われ、アジア侵略戦争を全面賛美するものです。それが小泉政権のもとで、教科書として採用されようとしているのです。
中山成彬文部科学大臣は、「日本の前途と歴史教育を考える会」の副会長です。歴史教科書について「極めて自虐的で、やっと最近、従軍慰安婦とか強制連行とかいった言葉が減ってきたのは本当によかった」(04年11月27日、教育改革タウンミーティング・イン大分)などと公言する人物です。
自民党は04年6月、安部晋三幹事長(当時)名で各都道府県連に次のような通達を出しています。
「歴史教科書の検定ならびに採択は、毅然たる検定作業と公正な採択がなされることが重要」「歴史教育の問題は憲法改正、教育基本法改正の問題と表裏一体の課題」「重大な国家的課題については、国、地方が一体的に取り組むことが必要」
“「つくる会」教科書の採択は、改憲と教基法改悪の問題と一体で最重要”と露骨に言っているわけです。
「つくる会」は、石原(東京)、加戸(愛媛)、松沢(神奈川)、上田(埼玉)など、「つくる会」支持者の首長―教育長ラインで、採択率10%を狙っています。
●都立学校での「つくる会」教科書の採択
教科書闘争でも東京の攻防が焦点です。
都教委は04年8月、東京都立初の中高一貫校である台東地区中高一貫校(05年4月開校)の歴史教科書に「つくる会」教科書を採択しました。01年8月には都立「障害児」学校2校でも「つくる会」の歴史と公民の教科書を採択しました。市区町村教育委員会にはっぱをかけるためです。
横山教育長は、04年6月14日に開かれた「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」のシンポジウムにパネリストとして出席し、“01年の採択時に都教委にたいする妨害行動があった”などと述べ立てています。教育行政そのものが「つくる会」勢力と完全に一体化しているのです。
台東地区中高一貫校では、教育目標に「日本人のアイデンティティ育成」を掲げ、日本の伝統・文化教育を特色として押し出し、三浦朱門(元文化庁長官)、米長邦雄らを顧問に迎え入れてきました。都教委は、この学校の特色をとらえた教科書の調査研究を行うとして、わざわざ独自の採択資料を作成しました。「日本の伝統・文化を扱った個所数」「神話・伝承を知り、日本の文化や伝統に関心を持たせる個所数」を計算するという作為的な調査研究を行い、「つくる会」教科書を採択するお膳立(ぜんだ)てをしたわけです。
この結果、歴史以外の教科の教科書の評価もすべて変わりました。「日本の文化・伝統や和算を扱った個所数」(数学)、「日本の伝統・文化として武道を扱った個所数」(保健体育)などで評価することとなったのです。かつて戦前の国民学校教育では、修身、国語、国史、地理を国民科とし、理数科、体練科、芸能科とあわせ、すべての教科の目標を「皇国の道を修練せしめ、国体にたいする信念を深からしむること」としていました。その発想そのものではないですか。
石原知事は明白に、再び戦争をやるために、戦前のような教育を復活させようとしています。絶対に許せません。
「日の丸・君が代」強制をはじめとする石原「教育改革」は、教育基本法改悪を先取りする重大攻撃であり、けっして教育労働者だけのテーマではありません。教育の行く末は、社会の行く末を決するものです。教育労働者を先頭に、公務員労働者、民間労働者、保護者、そして生徒も含めた地域共同闘争で、石原知事と都教委の戦争教育をとめましょう。
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