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「日の丸・君が代」処分にはストライキも
長谷川◆ やはり今春3月、4月の卒業式・入学式において、昨年を上回る「君が代」不起立のたたかいが広がるかどうかが、今後の情勢を大きく決めていくことになると思います。先日私が参加した集会で、昨年の卒業式で「君が代」不起立をたたかった都立校の教育労働者と、「強制はおかしい」という週刊誌のコピーを卒業式の前に参加者に配っただけで起訴された元教師の藤田さんの話をうかがいました。お二人とも確信をもっていて、とても明るい感じなんですね。藤田さんなんかにこにこして警察の家宅捜索や取り調べの様子を話し、会場を笑いに包んでいました。
斎藤◆ 僕にはその明るさがよくわかる気がします。なぜならここまできちゃったら、抵抗するしかないわけですよね。もうこうなったら、深刻になっている余裕さえない、笑っちゃうわけですよ、ここまでくるとね。仮に本当にそれで逮捕されようが、懲役になろうが、全然自分は悪くないですからね。まったく何の後ろめたさもなく、たたかえるというかね、その笑いなんだろう。 都高教
長谷川◆ まさにたたかうべき時にたたかわなければならない、ということですよね。
処分とのたたかいはわれわれ自身の問題
西川◆ 今、「日の丸・君が代」の問題が焦点になっていますが、以前から公立学校の先生に大きな犠牲を強い、人権を無視するような教育のあり方が続いてきたのです。なんでも事柄が一挙に起こるということはありえません。長い長い権力の側の周到な準備があるんですよ。PKO(国連平和維持活動)協力法が通った年、1992年7月1日の新聞の記憶ですが、文部省が公立学校の義務教育の先生にたいして「これからは日本国憲法は自衛権を認めていないということを教えるな」という意味の通達を出したということが報道されました。これは良心をもって教えようとした教師には耐えがたい問題であったはずなんです。でもその時に、今のような運動は起こらなかった。なぜ今の内閣がこんな方向でこれを進めていくのかという背景とかあるいは要因を考えていくとね、やはり厳しい時代が予見できなければいけなかったし、予見できるのであればその時立ち上がらなければいけなかった、と私は思います。
長谷川◆ 「権力側の周到な準備」と言われましたが、99年8月に成立した国旗・国歌法は、昨年完成した有事法制につながる周辺事態法や盗聴法などと一体で成立しています。ここから今日の「日の丸・君が代」強制と教育基本法改悪へとつながっているわけですよね。 国旗・国歌法
西川◆ 今のような動きがいつごろから始まったんだろうかと、戦後史を検証してきたのですが、1957年5月20日に国防の基本方針というのが最初に出るんですね。これは内閣と国防会議で決めた国防方針の原型ですね。その中にすでに「愛国心を高揚し、国家の安全を保障するに必要な基盤を確立する」ということが明記されているんです。「愛国心の高揚」が国防の基盤だと。だから、戦争ができる仕組みの基盤の確立ということを57年という時点で明記しているわけですよ。
長谷川◆ そういう長い歴史のうえで、「日の丸・君が代」の強制はやはりイラク戦争が大きい、日本が派兵したことが大きい。「日の丸・君が代」の強制、教育基本法改悪での「愛国心」教育の盛りこみ、憲法9条の破棄の攻撃とのたたかいは結局、日本が再び戦争をするのを許すかどうかのたたかいであるわけですね。
西川◆ 20世紀の日本は侵略加害の歴史を繰り返し、その戦争の負の遺産を残しつづけてきました。だから私は、21世紀は20世紀の戦争の負の遺産を解決するための世紀にしなければならないと思っていました。しかし、そういうあり方とはまったく違う方向に直進するということが、1999年8月9日の国旗・国歌法の成立から加速している。この法律を通すときの主務大臣とか内閣の言い方では「強制はしない」ということでした。しかしこの国旗・国歌法の成立以後、現場の公立学校の状況は一変したのです。
長谷川◆ 石原知事が登場したのがちょうどその年の4月でしたが、直後に日野市の小学校の音楽教師が「君が代」伴奏を拒否して戒告処分されました。西川さんはずっとその支援を地元の国立でやっていますね。 西川◆ その先生は私と同じキリスト者で、良心を裏切るということはできないという思いから、国立二小の卒業式で、「ピースリボン」によく似ているリボンをつけていました。それが「精神的」職務専念義務違反とされ、文書訓告処分を受けたのです。これにたいして昨年2月に、国立市と東京都に損害賠償を求めて提訴しました。私も支援と傍聴を続けているんです。それを私たちは公立学校の特定の先生だけの問題ではなくて、われわれ自身の問題だという思いでやっています。
教師を志した時の思いと矛盾するのでは
長谷川◆ 抵抗してたたかう教育労働者にたいしては、処分といったこと以外にも、配置転換・異動で通勤が片道1時間半もかかるというような所に飛ばすとか、ある種のいじめのようなことが行われています。また様々な制約をつけて組合運動もやらせないという感じです。そういうことも含めて石原知事の「教育改革」の実態について、斎藤さんの方からお話しいただけませんか。
斎藤◆ 人事を通じて教師を「調教」していくわけです。個人が自由にものを考えたり、「平和」だとか「人間の自由」とか「尊厳」とか、そういったものを絶対教えないようにもっていく、ものすごく卑劣なやり方だと思います。実はこれは今に始まったことではなく、教師だからいま目立っているわけで、もともと戦後の長い間の企業の労働運動とか官公庁の労働運動にたいしてずっとやられてきたことですよね。それで企業の労働組合はさっさと敗北し、三公社の民営化で国鉄の労働運動がぶっこわされて、それが今、教師にきていると。最後の仕上げですよ。 。 長谷川◆ 昨春、不起立でたたかって処分された教育労働者が、子どもたちにも狙いが定められている以上は絶対に譲れないと語っていました。「私は教師として、子どもたちに『日の丸』を敬い『君が代』を歌えと強制することはなんとしても耐えがたい。教師の良心を自分で抹殺するようなものだ」と。
斎藤◆ 都教委の人達(教育庁職員)について僕はいつも思うんですが、彼らは彼らでつらいんだと思う。つらかっただろうと思うんですね。石原知事が就任して以来の5年間、毎日が思想教育です。毎日が調教。石原知事に逆らうようなことを一言でも言おうものなら飛ばされる、それに耐えられない人は追い出されたり、辞めたりしていると思いますが、その人達の精神は破たん状態に追いこまれてしまっていると思う。そのことにたいしては心から同情するんですが、しかし、それを他人に押し付けられてはたまらない。このまま放置していては絶対にいけない、それが都の〃教育〃にたいする一番の思いですね。 都教委と教育庁職員 首をかけても抵抗してもらいたい
長谷川◆ この前、動労千葉を支援する物品販売で、都労連の組合を回った時、教育庁の組合員さんに会って、「日の丸・君が代」問題についてちょっと聞いたんですよ。すると苦渋に満ちた表情で「なかなか抵抗できないんですよね」と。教育庁の労働者は同じ労働者でありながら、教育労働者を監視する「スパイ活動」を強制されている。こんな仕事を押し付けられて自分がそれに従っていいんだろうか、屈服していいんだろうかという思いがないわけではないんでしょうが。 都労連
斎藤◆ わかるんだけど、でもここで抵抗しなくてはそれはもう「人間じゃない」と思うんです。僕は物書きで、好きなことを書いてもそれほど怖くない。そういう立場から、「高み」からものを言っているのかも知れないけれども、でも、人にはやって良いことと、やってはいけないことがあるんですよ。「一人一人はいい人なんだけど」と今までは言ってきましたが、それも限度がある。教育庁の職員にしろ、教師にしろ、抵抗せずに石原知事に従うとしたら、もうこれは彼らはただの「死に神」ですよ。腹の中で何を思おうが、「苦渋」に満ちていようが、「教え子を戦場に送る」先兵の役割をつとめていることは間違いない。抵抗して首になったとしたら気の毒だし、首になれとは言えないけれども、やっぱり人間だったら、首をかけても抵抗してもらいたい。しなければならない。
西川◆ 厳しい話だと思われるかもしれないが、率直に言いますと私も同じ感想です。教師の立場から納得できないということであれば、それこそ全教師が抗議の意思表示をすべきではないか。それで教師の身分から去らなければならなくなったとしても。本当に去るわけにはいかないかもしれないけれども、そういう意思表示があって、しかるべきではないかと思うのです。それができてこなかったから日教組の力が減っていったわけです。日教組の組織率は激減ですよね。それはなぜなのかじっくり考える必要があります。しかし、今からでも遅くはない。希望をもってやれる時間はまだ残されています。
長谷川◆ 石原知事が就任した年でしたか、都労連が賃金問題でストライキをやっていますよね。都庁に赤旗が林立して。石原知事に言わせれば、都の役人が都民の上にあぐらをかいてきたから都の財政はピンチなんだと。だから賃金カットをするんだと言っていたんですが、そのストライキを打たれて彼は謝罪したんですよ、組合にたいして。労働者がちゃんと仕事をしていることを認めると発言して。あの謝らない石原知事がね。最初にして最後の謝罪と思えるぐらい、組合にたいして低姿勢をとったんですよね。ということは、労働組合が本来の務めである賃金を守る、あるいは労働条件の改悪に団結してたたかうということがあれば、彼をして「まいった」と言わせるようなそういう力を持っているんです。本当にそういうことが問われているんじゃないか。そのことを思い出して本当に頑張ってほしい。
斎藤◆ 賃金のことではがんばったくせに、子どもたちを戦場に送ることになる問題ではがんばらないのであれば、それはかえってけしからんことになりますよ。はっきり言って、都高教が全面的に抵抗する先生方を支援して、たとえばストライキを打ったとして、それでうまくいく可能性は五分五分だと思うんですね。今の石原知事と都教委だったら、ストライキをした先生たちを全部クビにするかもしれない。そうなったら都立の学校の教育が成立しなくなっちゃう。それでもやりかねないと思うんですよね。石原という人にとって、他人の子どもなんていうのは、単なる兵力であり、将来の消費者でしかありませんから。仮に都の教育が1年間ストップしちゃっても全然何とも思わない。それで次の1年の間にその分補充する。例えそれが素人ばかりであったとしても、上の言うことなら平気で聞くリストラされたサラリーマンなんかをにわか教師に仕立てるくらいのことを平気でやる男だと思いますよ。だけどそれでも、もはやくちゃくちゃになったとしても、せめてそうやって都民を覚醒させるような、相打ちくらいの覚悟でないと、もうどうにもならないんじゃないでしょうか。水面下で妥協するとか、そういう次元じゃないですよ。 不起立闘争の拡大で石原・都教委をノックアウトできる
11・7全国労働者集会でアピールする被処分者の会、被解雇者の会の教育労働者(2004年11月7被 日比谷野外音楽堂)
長谷川◆ だから教育労働者が立ち上がっているということに、希望をみて連帯してたたかえるような労働組合を作ることが絶対に必要になっていますね。都労連の労働者が、同じ都に働く都立校の教育労働者に連帯してたたかえていない現実に、本当に悔しい思いをするわけですが、そういう現状を現場労働者の力、一般組合員の力で転換し、組合を変えていかなくてはならない。「日の丸・君が代」不起立をたたかって処分された先生たちを守り、支え、今春の卒・入学式で不起立をさらに広げていく運動は、その大きな突破口になると思うのです。 ランク・アンド・ファイル 現場労働者の決起でつくりかえる
西川◆ 労働運動も市民運動も、組織の幹部が言うから、上から言われたからやる、あるいはやらない、ということではないと思うんですね。私は百万人署名運動で、多摩地区の労働組合にお願いに行ったことがあり、そこでもこう言ってきました。「上から言われたからというだけで内容を検討しないで署名に応じるのは、私はしていただきたくない。よく自分で考えて主体的にこれはすべきだと思ったらどうぞして下さい」と。そうやって署名の数が増えていったんですね。私は親しい信頼関係のなかで教師と話をする機会が多いんだけれども、あなた方をただ非難しているのじゃなくて私たちも実は同じなんだ、ともに大きな問題を抱えているんだ、だから一緒にやりましょうと。一緒に共同のたたかいができる仕組みを広げていけば国際連帯にまで広がるということですよね。11・7集会には私も参加しましたが、そのことを示したすばらしい集会だったと思います。 百万人署名運動
斎藤◆ 西川さんのお話について。「書記長が言ったから、上部団体が言ったから署名する」というのはおかしい、それはやめてくれという話ですね。まったく同感です。まず組織ありきだったら、国家主義と何ら変わらないわけです。まず、個人があって、組織なんていうのはあくまで個人を実現するための方便、という考え方に常に立ち返る必要があると思うし、そうでなければまた運動というのも成り立たないんだろうと思います。ずっと「組織優先」できたから、労働運動も今のていたらくであるわけで、「組織維持」が優先されて、一番肝心な理念がいつのまにかなくなっちゃったということですよね。言わせてもらえば、そんな組織あったって百害あって一利なしでしかないわけで。「組織優先」、「組織第一」に考えてしまうと結局、幹部がダラ幹であれば何もできない。幹部や上部を何とかしてからというところから始めようとしたら、いつまでたってもキリがないですね。
長谷川◆ まさにそうした労働組合のあり方を現場労働者の主体的な決起で作りかえていこうというのが、ランク・アンド・ファイル運動なんですね。この運動がすべての労働組合に広がっていったとき、本当の労働者の団結、連帯というものがよみがえると思います。
斎藤◆ 僕は「徹底した個人主義者」でありたいと思う。徹底した個人主義者であるためには他人の権利も尊重しなければならない。そういうところで初めて連帯が生まれてくるのではないでしょうか。だからたとえば不起立で処分された教育労働者が「思想研修」に集められたという時に、教育労働者だけじゃなくて労働運動をやっている人であれば、他の職種であっても行かなきゃいけないわけですよ。 「思想研修」
長谷川◆ まったくそうです。8月の再発防止研修の時は、私も二度会場にかけつけて抗議の声を上げました。「日の丸・君が代」の押しつけに反対してたたかっている教育労働者の存在が、石原知事・小泉首相らの戦争体制づくり、労働者の戦争動員をうち砕く大きな力になっている。この教育労働者のたたかいを労働者全体で守ってもっともっと広げていきたいですね。
西川◆ 今、教育基本法改悪に反対する全国署名ネットワークの運動を取り組んでいます。現時点で全国152団体がネットワークに加わっています(1月25日現在)。きわめて多くの多様な団体に加わっていただきました。これは私は感謝をもって報告しなくちゃいけない。この多くの団体と一緒になって、教育基本法改悪反対の署名運動を広げていきたいと思っています。
石原という差別者の表現が石原都政
長谷川◆ 続いて石原都政全体にたいする批判に移っていきたいと思います。
斎藤◆ 石原慎太郎というのはどういう人物か。僕は『空疎な小皇帝』(岩波書店)という本を書いたんですけども。出たのは2003年ですか、実際に書いてたのは02年。岩波の『世界』で連載してたんですね。最初のきっかけは、彼が東京都知事に就任して半年もしないうちに立てつづけに二つの差別発言をしたんです。身障者センターを視察して、「彼らに人格はあるのか」と。もう一件は例の「三国人」発言です。これを聞いたときに岩波の編集者と「やらなきゃならないね」と話したわけです。ところが一向に筆が進まない。筆というか取材が進まないんですよ。要するにやりたくないんです。ほんとに拒否反応。どういう形であれ、評伝を書くに値する人物ではない。評伝が書かれるべき人物っていうのは、善玉であれ、悪党であれ、それなりの中身でなきゃやりたくないわけですよ、こっちは。それが石原さんについては、この人のことを知りたいという魅力がこれっぽっちもない。こんなやつ見たことないですね。今まで取材や何かで会ってきた悪党だろうが批判してきた人物だろうが、物書きというのは、なんか知りたくなるんですね。その好奇心が取材の原動力になるんですけど、石原さんについては見たくもない。で、しょうがなくてやったのが、もうすでにある程度出ている事実を、ただ新聞なんかではいい加減に散らかしてたのを掘り下げていく、ということだった。だから、まあ、それもやりたくてやったっていうよりは一種の、かっこよくいえば使命感、というより義務感ですね。あまりにもマスコミが、ジャーナリズムというものが批判しないから。だから、力不足なりに、とにかく一応書きました。 「三国人」発言 この仕事を通じて石原という人についてつくづく思ったのは、異様なほど差別意識がすさまじいということ。他人を見ると差別しないではいられない。有名な沢木耕太郎さんというライターが、昔、石原が美濃部と争ったときの都知事選のルポを書いているんです。そこで最も印象的なのが、決起集会かなんかの時にホテルで石原さんがトイレに立った。途中で何か持ってきたボーイさんと鉢合わせするわけですよ。右行ったり、左行ったり、なかなか身動きとれない状況で、そんときに石原さんが言った言葉が「どけよ。おまえ、ボーイだろ」って言うんです。「どいてくれ」って言うのはいいけど、「ボーイだろ」って言う必要がどこにあるか。こうやって常に何か見下す材料を探していないと休まらない。あと、彼の親しくつきあっていた、彼の票田になっていた組織の幹部の話ですが、一緒に料亭などに行くのがすごく苦痛だったそうです。どうしてかっていうと、本人との話がというよりは、ウェイトレスとか仲居さんにたいする彼の態度がいたたまれないんだと。
長谷川◆ 女性にたいする差別もすさまじい。「ババア発言」というのもありました。
斎藤◆ おべんちゃらで言いたい放題言わせる女性週刊誌があるんです。そのなかで、MXテレビで松井孝典という学者と対談したときに「動物のなかで人間だけが、生殖能力がなくなった女性が長く生きる。だから、そのことが次の世代の赤ちゃんを産むとき、孫、つまりおばあちゃんにとっては孫ですよね、その時にいろいろちゃんと知恵を授けることができて」という話を聞いたというのかな。おおざっぱに「おばあさん仮説」っていうけど。「だから人間は繁栄できた」と。この松井氏の話のどこをどうねじ曲げたのか、「生殖能力を失った女性は生きていく価値がない。それが普通の生物の摂理であって、人間だけがおかしいんだ」と、こんな話にしちゃったんですよ。それにたいして当然怒った女性たちがいて、抗議をするんだけども、石原さんは一切会わないですね。この人の最も特徴的なのは、自分に批判的な人間には絶対会わない。取材であろうが、抗議であろうが。で、逃げまくる。結局その人たちは提訴しましたけど。
「憲法を命がけで破る」と公言する石原知事
長谷川◆ さっき出てきた「三国人」発言。発端はですね、ロサンゼルス地震とロサンゼルス暴動を結びつけて、「地震があると外国人の犯罪が多発する」と。あれは全然違う事件なんです。ロサンゼルス地震のときに暴動は何も起こっていない。
斎藤◆ 違う話です。単なる無知なんですよ。無知が勝手になんでも自分の都合のいいように話を作っちゃう。まして、ああいう事件だったら、日本の場合だったら、関東大震災の朝鮮人大虐殺とかね、そういうことを考えながら言わなきゃいけないことがまったく考えが逆。むしろ彼の中では、本当にあのとき朝鮮人が井戸に毒を入れたとしか思ってないのではないですか。
長谷川◆ ロサンゼルス暴動の時は、あれは、白人の警官の黒人差別、殴打事件がきっかけで、そういう場面をテレビで私も見ました。人種差別をしている側の問題なんです。しかもそれを都政として現実化してしまうのがほんとに恐ろしい。排外主義をあおりながら治安体制を強めていくということで。石原知事は「ヒトラーになりたい」と公言していますけど、本当にファシストそのもの。 ロサンゼルス地震
西川◆ 東京都というのは人口の大きさもあるんだけども、在日の方がとっても多いんです。その東京で戦前、戦争中に何があったか。さっきから言われているように大変な人権蹂躙があった。石原知事は、戦後も中国にたいするすさまじい蔑視を続けている。そして私たちのことも、「自虐思想の持ち主だ」と。石原知事はアジアにたいする戦争責任、アジアの国にたいして何をしたかという歴史の総括を回避し、無視して、外国人差別や靖国参拝など荒々しい政治をやっている。靖国神社参拝を繰り返すというのはつまり都知事が憲法を破壊しているわけですね。敗戦60周年の今年の8月15日に天皇に靖国参拝という要望を出すと。そうやって憲法破壊行為を東京の知事は就任以来繰り返している。憲法を都政において実現すべき都知事が憲法を蹂躙している。こういう現状を直視したときに、東京都という自治体に住んでいるわれわれの課題は大きい。ともに立ち上がって、この都政のあり方を変えなくてはなりません。
長谷川◆ 石原知事は、有事法制との関連で「憲法を命がけで破る」と言い放っています。昨年、国民保護法との関係で「生物兵器テロ」が東京で起きたことを想定した図上演習が行われました。天然痘ウイルスが地下鉄にばらまかれたという設定なんですね。石原知事が言うには、天然痘の感染拡大を防ぐためには「テロ」があった地下鉄の乗客に名のりをあげさせ、外出を禁止させ、氏名を公表する必要があると。そのためには基本的人権を保障した憲法なんか守っていられないというわけです。それで石原知事は都議会で「多くの命を守るためだったら私は憲法を命がけで破る。当たり前じゃないか」と、質問した議員にたいして声を荒げて叫んだんです。このとき自民党だけではなく民主党も公明党も歓声をあげて拍手喝采した。こんな知事に辞任要求も突きつけられない「野党」もまったくふがいない。こんな都議会のままでよいのか。 国民保護法 しかしなんで今、この日本で、東京で「テロ」ということが起こりうるのか。「テロ」というのは突然降ってわくような自然災害ではないのです。アメリカでの9・11ゲリラだって、アメリカ帝国主義の中東侵略、石油略奪の結果として、それにたいするムスリム人民の極限的な闘争として起きたわけです。それはアメリカでもかなりの労働者市民が知っているわけです。同じように日本がアメリカと一緒になってイラク侵略戦争に参加しているという事実が、いっさいの問題の根源にある。そういうことはすべて覆い隠して、「危険なテロ」がいつ起きるかわからないなどとあおり、「憲法の破壊」を扇動する。まったくとんでもないことです。「多くの命を守るため」なんて言ってますが、「多くの命」をイラクで奪っているのは派兵を強行している小泉首相であり、それを支持している石原知事ではないのか。 犯罪も戦争も原因を作っているのは小泉首相・石原知事
西川◆ そもそも都知事は、都政において責任もって憲法にのっとった政治をやるべき最高責任者です。最も憲法を守るべき公務員の立場にある。それが「憲法を破壊する」と。石原知事が300万の票を取ったということが結局、こうしたおごり高ぶりを引き起こしたということがある。われわれ東京に住んでいる者の責任です。ほんとにものすごく恥ずかしい。言葉にもならない。はっきりとしたわれわれの立場を表明するということが緊急の課題です。真剣に出すべき人を出すような準備を含めて、そこだけちょっと申しあげておきたい。 イラク特措法 「日本の国はいつ攻めてこられるかわからない」と思わされている政治状況の中での出来事ですね。ここには、すでに比較検証する姿勢が決定的に欠けているわけですね。つまり、かつて日本がやった侵略戦争の歴史を何も知らされず、教えられず、政府が言うこと以外の判断基準がなくなっているんです。つまり「有事」は突然やってくるものではなく、政府によって「作られていくもの」だという認識が共有されていない。それは20世紀と21世紀のつなぎ目における「記憶の継承」っていうのがなされていないという問題です。
斎藤◆ 要するに石原知事や小泉首相らが原因を作っているんですよね。治安だとかテロ対策だとか言って、それでみんなごまかされていますけれども、テロも犯罪も減るわけないでしょう。原因をなくす努力を全然しないんだから。それどころか、原因をひどくしているんですよね。アメリカの世界侵略と一緒になって、片腕となってこれから世界中を荒らしまわるわけですよね。そもそも狙われるようなことをしている自分の国を恥ずかしく思わなきゃいけないんですよ。
長谷川◆ 民営化で介護、福祉、保育や教育が切りすてられ、リストラが進められる中で、住基ネット、監視カメラ、警察官の大増員といった治安関係だけがふくらんでいく。それらすべてが実は「普通の」労働者市民をがんじがらめに管理し、抑圧し、弾圧するためのものなんですよね。こうした状況は、ブッシュ政権下のアメリカとまったく共通しています。このような状況がなぜ生まれてきているのか。やはり資本主義というものが世界的に行きづまり、ものすごい危機に直面しているということがあると思います。それを乗り切るために権力者たちは、国外への侵略戦争、国内での民営化とリストラを行って労働者民衆からの収奪と大失業攻撃をしかけている。そしてそれに抵抗する組合を破壊し、治安弾圧で押さえこむ。ひとことで言って「戦争と民営化」の攻撃が、アメリカや日本で同時進行しています。
貧しい者は戦争に行くしかないアメリカのように
斎藤◆ 「冷戦」が終わって、今は資本主義が野放しになっちゃってる状態ですよね。それまでは資本主義と言っても、対抗軸があるわけだから、資本主義の中でも社会主義なり共産主義にある程度学ばざるをえなかった。だから福祉や教育も、不十分ではあっても、それなりのものはあった。戦後の教育が良かったかと言うと、もちろんそういうことはないわけで、企業社会のニーズに合わせた画一的な教育でもあったわけですよね。しかし、それは第二次産業を中心に伸びていく過程だったから、やっぱり末端の労働者といえども、ある程度の知識や技能は必要であるという企業側のニーズもあって、やっぱり高校ぐらいは行ってもらいたいというニーズがあった。それが教育機会の理念とたまたまシンクロしてきたわけですよね。それが資本主義がすごい段階になってグローバリゼーションが進んでいくと、工場なんかみんな海外に行っちゃった。国内に残っているのはサービス業ばかり。そうすると、けっしてこれはサービス業の人たちをくさすわけではないけれども、サービス業の経営者たちはサービス業の労働者はマニュアルだけに服従していれば良い、知識や技能は要らないという判断になってしまっているわけですね。そこで教育の切り捨ても起こってくると。
西川◆ そう。アメリカの海兵隊には黒人が非常に多いわけね。沖縄にいる黒人が海兵隊になる背景は、貧しさの問題とか生活の問題とか、アメリカの人種差別の世界とかそういうことがからんでいて、結局生活を安定させるには兵隊になるしかないと。家庭がそういうことを勧める。お母さんが、わが子にたいして涙を流しながら兵隊に行けと言うわけです。この貧困や差別が、徴兵制なしでも軍隊を維持できる要因ですよね。これがアメリカだけでなく、実は日本もこれからそうなるということであり、他人事でなく今のわれわれが直面している問題なわけですね。
長谷川◆ 戦争をやり、国内においてはものすごい貧富の格差をつくり出す、そういうアメリカのあり方。アメリカには健康保険がない人たちが4500万人いると言われています。それと、アメリカの公教育、学校が荒廃しきっている。アメリカのミリオン・ワーカー・マーチ(百万人労働者行進)でも国民皆保険の要求や、公教育の再建が掲げられていますが、心の底からの要求なんですね。ひとりの労働者が二つ以上の職を持たないと食べていかれない。アメリカの労働者の本当にすさまじい現実が報告されているんですが、日本も同じようにそこに向かっているわけですよね。
学校は民営化 社会保障を奪って民間保険に勧誘
斎藤◆ それはもうはっきり現われていますね。学校のことでは、アメリカの学校教育の崩壊とさんざん言われているのは、簡単な例で言うと、学校が単なるマーケットになっているということです。公の費用で運営できないので、事実上企業にスポンサーになってもらっているんです。学校の中にコーラの自動販売機を置いたり、たとえばアトランタの学校なんてのはコカコーラの「付属校」という話があって。事実上の民営化なんですね。それで全校コカコーラの日というのがあって、その日には生徒は全員コカコーラのTシャツを着て来なきゃいけないんです。なかに変わったやつがいて、その日にペプシコーラのTシャツを着ていったら退学になっちゃった(笑)。そういう事実があるんです。 メディケア 長谷川◆ 私は介護保険が導入されるときに、杉並の高齢者、住民とともに、これは社会保障の解体だと、医療も「障害者」福祉も年金制度も全部奪われていくことになると訴えて反対しました。そのとおりになってしまったんですが、小泉政権と石原都政はこの社会保障の解体をさらに徹底的に推進しようとしています。消費税の10パーセント以上の引き上げなど大増税も迫っており、いったいこれから生活していけるのかという不安が渦巻いています。本当にもう「労働者を食わせられなくなった資本主義」というしかないですね。
斎藤◆ 「食いたかったら戦争に行ってください」と。
長谷川◆ こういう社会を根本から変える必要がありますよね。 保育園民営化でケガ続出 救急車が月5回も
斎藤◆ 都政関係では、公立保育園の民営化の問題も重大ですね。大阪がかなり先行していましてね。大阪の人たちがアメリカに視察に行ったんですよ。いずれアメリカみたいにされてしまうということで。それで報告していたのは、今の日本の普通の保育園並みの保育を今のアメリカでやろうとしたら、月10万円の保育料がかかる。いま保育料は東京だとだいたい3〜4万円ですか。もしもアメリカのような保育だと、とても恐ろしくて預けられない。もうめちゃくちゃ。保母さんだってど素人、まるきり野放し。何が起こっても全然不思議はないという報告をその人たちはしていましたけれども。大阪でもすでに民営化された保育園が、これは大東市ですけれども、押入れを空けるために布団を入れる物置きを買ってきたのはいいんだけれど、それを室内でなく外に置いてあると。でたらめなんですよ。もう砂から何から入りまくって。さすがに市役所がいくらなんでもということで結局、中に入れることになった。
長谷川◆ 狭いから? それで子どもたちの布団を入れたケースを雨ざらしで保管していたんですか。
斎藤◆ そう、狭いから。それぐらい、もう何も考えていないんですよ、子どものことなんか。東京でも大田区の場合は民営化になったとたんに、1カ月で4、5回救急車が来たと言います。つまり全然目配りきかないから、子どもがすぐケガするんです。それが実態ですね。だからほっとけば必ずそうなってしまいます。大阪でも取材したんだけど、アメリカで保育料が10万円かかるけど、日本もそれをめざして、日本もそうなっちゃうんじゃないんですかと聞いたら、市役所の保育課の人は「ならない」って言う。どうしてですかと言ったら「日本は大丈夫だ」って。何の根拠もない。ただアメリカのまねをして、効率性だけを期待する。その先どういうことになるかというのをとりあえず見ないことにする。そういう最悪の状況。こんなの許してたら、日本の子どもたちもそういうふうになる。月に10万円の保育料を払えない子は、いつ死んでもおかしくないわけですね。
戦争をとめられるのは民衆だという確信
長谷川◆ 石原知事の「東京から日本を変える」という中身がはっきりしたと思います。石原都政は、小泉政権の戦争と民営化、労働組合の破壊、福祉・教育の破壊を最先頭でおし進めている。これにたいして労働組合や市民運動が団結し、国際的な連帯の力を強めて対決していかなくちゃいけない。 西川◆ 私は戦争で兄を失った。その立場から見ると、侵略戦争をしてはいけない。これは当然ですけどね。私はアジアの視点が大事と思って、昨年の5月に中国に行きました。日本がアジア、特に中国に何をした国なのか。これはもうどうしてもしっかり学ばなきゃいけない。歴史の事実をね。戦争というのは、ある日目が覚めたら始まっていたというふうには起きない。そうじゃなくて、周到な準備のもとで戦争は起こるんです。私はいつも言うんだけど、有事をつくる人がいる。つくられないようにする仕組みを、運動をつくっていかなくてはなりません。やっぱり究極的には戦争を止めることができるのは、われわれ民衆だという確信をもつことですね。人種差別とかそういう問題も忘れないで、日本の在日の人たちの痛み、苦しい思いを忘れない運動をしたい。石原という人物を知事にしてしまっている東京都民の責任をかけて。
もっと怒らなくては
斎藤◆ 差別と戦争は常にセットです。人間はみんな平等なんだよと、それはそう簡単にはならない。それは戦後史をたどっても部落差別も在日朝鮮人差別もあったわけで、その上にあった「平等もどき」「平和もどき」だったわけですよね。だけど、それが50年ぐらいたつころには少しはみんな、ある程度の反省をしてきて、たとえば戦争の「加害責任」を考えるようにもなった。国内の差別にしても、たとえば在日の人が日本名を捨てて本当の名前を使える人も少しは出てきた。そのままいけばよかったんですが、ちょっとでもそうなったことが気にくわない層がでかい態度をし始めたわけですね。特に石原都政に代表される差別というのは、やっぱり必然的に戦争をもたらすわけですよ。
西川◆ どの場合でも強調していますが、戦後史をやっぱりわれわれがあまりにも総括することなしに、今まで来てしまった。ついに今年は敗戦から60周年でしょ。ということは、戦争責任だけ追及するわけにもいかない。戦後史のなかでどういうふうにかかわったかを問われる時代に入っていますね。戦後史の総括をすれば当然、40〜50代の人も全部問われます。そういう時代にわれわれは直面しているということ。「恒久平和」という日本国憲法の大変重要な柱が問われているのですが、今このときどうするのかということです。
3〜4月不起立闘争にこたえる運動を
長谷川◆ そうですね。最初の「日の丸・君が代」闘争、教育のテーマから、労働運動、介護・福祉・保育まで石原都政全般にわたって対決点が鮮明になったと思います。とくにはじめの方でも言いましたが、この春、3〜4月の卒・入学式の不起立闘争が本当に勝負だと思います。処分をはねかえし、かつての日教組のたたかいをよみがえらせようという決意に燃えている教育労働者にこたえる運動をなんとしても作りだしたい。たたかう教育労働者をさまざまな職場の組合ぐるみで、生徒や親をはじめ地域の住民ぐるみで守り、支えて、ともにたたかっていきたい。石原・都教委に絶対に勝利していきたいと思います。それが私の決意です。 (2005年1月) |
目次
第1部 鼎談(ていだん)/石原知事に挑戦状
第2部/石原都政批判
1.教育 とめよう戦争教育 「日の丸・君が代」強制はねかえそう
第3部/座談会 女性労働者と語る 女性の敵・石原は倒さなきゃダメ
メッセージ 都政を革新する会顧問 桜井善作
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